第二章
六
アンドロメダ銀河は、太陽がある天の河銀河から250万光年離れたところにある、天の河銀河に一番近い大銀河だが、二つの銀河は毎秒約300kmの速さで近付いており、約45億年後には衝突するという。
「20世紀に恐怖の大王が空から降ってくる」という予言は当たらなかったが、数十億年後には、恐怖の大王が空からやってくるらしい。
人体を構成する元素は、星の死という、超新星爆発がなかったら、地球には存在しなかったという。中田たちは星屑でできているともいえるし、星たちの炉で作られた元素でできているので、核廃棄物でできている、ともいえるという。
宇宙には中心はなく、あらゆるところが中心ともいえるという。
それにしても、宇宙では1億年や2億年は誤差の範囲であろうから、生きても100年という人間は、時間の観念のあまりの違いに、精神の平衡を失いそうだ。
中田たちが鷲の峰の頂上から下りる頃はすっかり明るくなっていた。頂上からは当時のマガダ国の首都ラージャガハを俯瞰することが出来る。当時のインド最大の都市の今は、一面に低い木々の繁る、荒れ果てた姿である。
頂上から下りてきてすぐのところに、大きな岩で形づくられた洞窟があった。幅は3m程、高さは80cm程で、立って歩くことは出来ない。中田は中へ入ってゆっくり見たかったが、ツアーの団体行動ではそれが出来なかった。
ここで野宿をすれば出家が味わったであろう恐怖の一端が身に染みよう。招かれざる客がいつ現れて危害を加えるか分からない。続いて下りてくる途中でこれがビンビサーラ王が幽閉された牢獄跡だといわれたところを通った。褐色の煉瓦が積まれていた。
ツアーではラージギールのホテルには夜になってから着いたが、ホテルは停電していた。フロントだけは電気が燈っていたのは自家発電であったのだろう。
添乗員Uとフロントとの打ち合わせが終わり、中田たちは大きな蠟燭とマッチと鍵が渡され、自分の部屋へ案内されることとなった。
廊下を渡った離れたところで、長屋のような部屋が一列に並んだ平屋の建物であった。中田たちは蠟燭を燈し部屋の鍵をあけて入った。部屋は6畳の和室であった。
奥はガラス戸一枚で外は庭であった。中田はガラス戸をあけ暗い庭を見た。庭は容易に外部からやって来ることが出来ると思った。
停電は続いていた。夕食にはまだ時間があり、ホテルの風呂に入ることにしたが、中田は考えてしまった。中田たちが宿泊したことは外部の誰かが知ろうと思えば知ることが出来る。
庭からガラス戸を破れば容易に部屋へ入ってくることができる。中田はパスポートと財布はビニール袋へ入れて浴室に携行し、体を洗う時も蛇口のある台の上に置いた。杞憂であろうが、外国で中田を守ってくれるものは日本国外務大臣が発行した「日本国旅券」(ジャパンパスポート)なのである。日本という国家なのである。