現にイチローもあの大記録達成後のインタビューの中で「あり得ないことをしてしまった」などとジョーク交じりに言っている。この257という数字は、これまでの華麗なホームランの陰に隠れて、人知れず、静かに、しかし燦然と輝いていたのである。

英語のDISCOVERという言葉は日本語では「発見する」と訳されている。しかし本当の意味は、いままで覆い被さっていたものを剥ぎ取るということである。まさにイチローは今年(二〇〇四年)八十四年の時を隔てて、その覆いを毟り取ったのである。

今回、イチローが達成した年間安打262本の中には、59本(22・5%)の内野安打が含まれている。人によっては内野安打を軽く見る人がいるが、内野安打ほど価値のある面白いヒットはない。

相手投手に与えるショックが大きいからである。投手はクリーンヒットなら納得するが、内野安打は承服できないのである。自分では完全に討ち取っているのに一塁はセーフになる。まさに足がものを言うのである。

足が早くなければ一流の選手にはなれない。日本のプロ野球のどこかの選手のように、中央市場の長靴を履いたようなドタドタした走り方では、到底内野安打は打てないし、一流とは言えない。

もし塁にランナーがいたら、次の打者の足によってヒットになるか、あるいはダブルプレーになるか、試合の流れに大きな差異が生ずる。特に終盤近くになれば、それが内野安打になるかアウトになるかでその試合の行方が決まってしまう。

例えば、ノーアウト一塁の場合、ダブルプレーでツーダン・ランナーなしになるか、内野安打でノーアウト、一塁、二塁になるかでは天と地ほどの差があるのである。足が早くなければ内野安打は打てないのである。

二〇世紀初期(G・シスラーとほぼ同時代)に活躍した、生涯通算打率3割6分6厘(勿論大リーグ記録)という驚異的な数字を達成し、3割5分以上15回(うち4割以上3 回)通算安打数4、189本、年間200安打以上9回(大リーグ記録はピート・ローズの10回)月間最多安打67本(イチローは今季二〇〇四年、7/18~8/17の月間では67本打っている)などの大記録を残した球聖タイ・カッブは、内野安打の名人だったと言われている。

【前回の記事を読む】人は誰でも自分を必要としてくれていると解った時、無二の喜びを感ずるものである