翌朝。嵐が過ぎ去り、シンと静まった湖面に、死体が浮かんだ。近所に住む、隻眼の老婆の死骸だ。亡くなったのは昨日の夕方。『岸辺で足を滑らせ、溺れたのだろう』と警察はいう。人々は『ハンドの仕業だ』と口々に囁いた。現に俺も、奴を見てるしな。

だけど俺は……思うんだ。もしアレが、ハンドじゃなかったら? 溺れた老婆が、ワラにもすがる思いで、助けを求めていたのだとしたら? 逃げ出した俺は、彼女を見殺しにしたことになる。あの時、恐怖と向き合う一握りの勇気があれば、彼女は死なずに済んだかもしれない。あの日の罪業を、俺は一日たりとも忘れたことはない」

Bは泣く泣く話を終えました。ビール缶を握る手がブルブル震えているのは、酔いのせいだけではありますまい。私はあえて断定するように、Bにいいました。

「ハンドだよB、ハンドがやったんだ」

Aも私に便乗し、持論を述べます。

「仮に手の正体が老婆だったとしても、暴風雨じゃ助けようがあるまい。言い方は悪いが、道連れにならなかっただけ運がいいよ」

「ありがとう、気を使ってくれて」

Bは苦々しく微笑し、礼をいいました。

厳粛なる静寂を、不意にインターホンの音が打ち破ります。Aが出迎えますと、遅ればせながら、友人Cが姿を現しました。

「いらっしゃい!」

我々は努めて明るく、Cを歓迎しました。Cはというと、訝しげな面持ちで首を傾げています。訳を尋ねますと「外から二階を見上げると、この窓際で見知らぬ老婆が、俺に手招きしていた。こう、おいでおいでってな具合に。俺はてっきり、Aのお婆ちゃんかと——」と証言しました。

我々は耳を疑いました。私が「部屋を間違えたんじゃないのか?」と問うても「一番奥の部屋だからここであってる」と譲りません。

「どんな老婆だった?」

Bがおそるおそる尋ねますと、Cは「右目に『柳生一族の陰謀』みたいなアイパッチをしてたぞ」と冗談めかして答えました。

絶望に打ちひしがれたBは「あぁやはり!」と脱力し、腰からヘナヘナと砕け落ちました。

「どったのよ?」

Cが私に説明を求めるも、私もまた恐怖に打ちのめされており「話せば長くなる」と、解説を放棄しました。

Cには気の毒ですが、気味が悪くなった我々は、申し合わせたように帰り支度をはじめました。私は放心状態のBを、最寄り駅へ送ります。Cはというと、帰り道でバイクが転倒し、全治一ヶ月の重傷を負いました。彼いわく「誰かに腕を引っ張られたのだ」。

※このお話は、Bから特別な許可を得て、執筆しております。

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