第一章 桜舞う
階段を上り二階の楼閣を一周巡ると眼下に満開の桜が広がり、まるで雲上人になったような気分だ。
広々とした公園の芝生にはブルーシートがあちこちに敷かれ、花見客が場所を確保している。春休みなので昼近くになると、家族連れで賑わうのだろう。舞台が作られているので、何か催し物があるのかもしれない。
半世紀前は、この万之瀬川の辺りは、向かい側の磨崖仏がある所には川沿いに小さな遊歩道があったが、こちら側は鬱蒼とした森だった。森を拓き平らな公園にし、川べりも整備されて県内外から観光客が訪れるようになった。
山手の方にはロッジが建てられ、キャンプ場もあるので、子供連れの家族や、学生・スポーツ少年団などが泊まりがけで楽しめるようになっている。
川には二連になったアーチ形の赤い平安橋がかかり、浅瀬で遊ぶ親子の姿が見える。万之瀬川には野崎川、麓川、永里川などの支流が合流し、やがて吹上浜まで流れていく。
公園の中ほどに、
「風と競ふ 歸郷のこころ 青稲田」
川辺町出身の俳人、福永耕二の句碑が立っている。福永耕二を偲んで、毎年南九州市かわなべ青の俳句大会が開かれている。県内外から小中高の生徒たちがたくさん応募して、十二月にこの公園で授賞式が行われている。
誰でも参加できるように桜の屋形に箱が設置されていたので、紗季たちも一句ずつ書いて投稿した。
「平安の世を謳歌せよ桜花」 晃司
「夫婦星見つめているや宵桜」紗季
広い庭を巡り、青空をバックに桜の花をアップで撮っていると、はるか高く桜の向こう側に飛行機が白い一線の飛行機雲を残し、飛び去っていった。
外国で長く暮らす晃司にとって、日本で見る桜は何年ぶりだろう。
「いい所だ」
と晃司も久しぶりの桜に満足し、しきりにデジタルカメラで写真を撮っている。きっとカナダのお父さん、お母さん、そして晃司や私の両親たちの魂も一緒に、この桜を眺め愛でているに違いないと紗季は思った。
「さあ、お昼は平川の海の駅に寄って、まぐろ丼でも食べましょうか」
「俺は、お刺身定食にしよう」
そう晃司が言った時、突然の春嵐に桜吹雪が舞った。風花を手のひらに受けるように舞い散る桜花と戯れる紗季の姿を、晃司は動画に収めた。