おばさんは、風呂敷包みから長方形の紙箱を取り出しながら言った。
「わたしいつだったか、沙茅さんの家に『ぬまの』のカステラを送ったことがあったけど、そのときお母さんから、沙茅さんがすごくおいしいって、よろこんで食べたって聞いたから、今日も持ってきたの」
おばさんがカステラを送ってくれたのは、もう十年近く前のことだったが、わたしははっきり覚えていた。
おばさんの心づかいに打たれて、わたしは窮状を訴えた。
「わたし、工場を解雇されることになってしまって、寮も出なければならなくなって、どこにも行く所がないんです。どこか、寮があるとか、住み込みの仕事はありませんか? 仕事はなんでもいいんです」
おばさんは神様のような人だった。
「じつはね、あるのよ。今日はその話も持ってきたの。郊外の方に、星炉(ほしろ)貴子さんっていうひとり暮らしの女性がいるんだけど、その人が住み込みの女中を探しているそうよ。
その家にはわたしの友だちが通いの女中として勤めてて、仕事はきつくないし、星炉さんもいい人なんですって」
わたしは渡りに船とばかりに、その話に飛びついた。グズグズしていると、路頭に迷ってしまう。
おばさんがわたしに仕事を紹介してくれたのは、母に頼まれたからではないかと思う。
母は、事故のすぐあとにくれた電話ではなにも言わなかったが、わたしにはこのまま豊殿に残って、仕事を見つけて、仕送りを続けてほしいと思っているにちがいなかった。
わたしは退院後、十分ほど歩いて寮に戻った。荷物を引き取るためである。
わたしの怪我はそれほどひどくもなかったと思うが、一週間も入院させてもらい、その間なにもすることもなく、上げ膳据え膳ですっかり元気になっていた。体が頑丈にできていることがわたしの唯一の取り柄だったが、それはとてつもない幸運だと思っていた。
【前回の記事を読む】工場で働くのは不幸?!根掘り葉掘りと聞かれ、一方的に決めつけられて…
次回更新は2月6日、11時の予定です。