その日からコンクール曲の楽譜を持ち歩き、暇を見つけては眺めて暗譜した。合奏練習も増えて、コンクールメンバーだけの練習になった。暑い音楽室で汗を拭きながら、必死になって、何とか課題曲と自由曲の両方についていけるようになったけど音色なんてまだまだだった。
家で「人数が足りないから入っただけ」と説明しても、お姉ちゃんは僕がうまいからだと思い込んですごく喜んでいた。
期末テスト前で部活は休みになっても、コンクールメンバーは少しでも音を出すため部室に寄って自主練習してから帰宅するのが当たり前になっている。
部室に行って音出しを始めていたら、パーカッションの安藤君が来て「今日さ、これからちょっと楽器屋に付き合ってくれない? スティック買いたいんだ」と誘われて、駅ビルの楽器屋さんに寄り道した。
安藤君とはいつも一緒に帰っていたし、いつも話が弾むから楽しかった。安藤君がスティックを選んでいる間にトランペットの名曲集を見つけ、『北の国から』の譜面が載っている一番安いものを買ってきた。
コンクール曲よりも楽しそうだから、買ったばかりの曲集を出して吹き始めたら、由美が窓からトランペットの音が聞こえたと、ランドセルをしょって部屋に走り込んできた。
「今吹いていた曲、『北の国から』でしょ。もっと吹いてー」とせがまれた。
「できないから練習してるんだろ」
冷たく拒否してやった。
「お姉ちゃんに吹いてあげるんでしょ。いつ吹いてあげるの?」
「そうか、いつにしようかな」とつぶやくと、由美はばたばたして机の引き出しからキティちゃんの手帳を取り出した。
「誕生日がいい。お姉ちゃんとお祖父ちゃんは十月」
由美は手帳に家族みんなの誕生日を書いていた。
「お祖父ちゃんは八日で、お姉ちゃんは二十一日。だから一緒にお祝いやって、そのときに吹いてあげなよ。その頃まで練習すれば吹けるでしょ?」
最近の由美は生意気になったというか、しっかりしてきたというか、たぶん両方だ。由美は手帳をじっと見つめて
「十月二十一日が日曜日だから、この日にお祖父ちゃんとお姉ちゃんのお誕生会ね」
その頃ならコンクールが終わってから練習しても十分間に合う。