おーい、村長さん

しばらくすると、村長室の内線電話が鳴った。

「村長、ご実家からお電話です」

母が病院から慌てて役場に電話を架けてきた。

「今、正一がかなり危ない状態なの。恵子とすぐ病院に戻ってきて」

今にも泣き崩れそうな母の声。私は姉の恵子と一緒に、兄の入院している新宿の病院へと急いで向かった。新宿の病院に到着したとき、兄・正一は息も絶え絶えの状態。

人工呼吸器をつけ身体には管が何本もつながっていた。かなり痩せ細り誰が見ても厳しい状況であることは一目瞭然だった。

「正一、正一。正二が来たわよ」

母が必死に声をかける。兄はほんの少しうなずいたように見えた。

「兄貴、村役場に行ってきたよ。みんないい人ばっかりだな」

兄の口元が微かに動いた。

「兄貴が日野多摩村を大好きになった理由がやっとわかったよ」

ほんの少しだけ瞼を開け眼球だけが私の顔を見る。

「村長の任期があと三ヶ月なんだろ。しっかり病気を治して日野多摩村に帰るぞ」

兄は小さくうなずくと身体が小刻みに震えているのがわかった。そして兄の頬をひとすじの涙が流れていった。

「みんな兄貴が帰ってくるのを待ってたぞ」

すると兄はベッドの横にいる私に向かってゆっくりと手を伸ばす。

「俺はここにいるよ」

兄は、涙ぐんだままじっと私を見つめ、私の手を弱い力で握り、目を閉じた。驚くほど痩せ細った兄の手を私はゆっくりとさすりながら、兄の姿を瞼に焼き付けていた。

このとき、私の心の中で何かが動き始めた。

兄のベッドの横で双子として生きてきた四十五年間のことを私は思い出していた。泣いたり笑ったり、遊んだりケンカしたり。苦しかったり楽しかったり。どれも忘れられない貴重な思い出だった。

「仲がいいのか悪いのか、よくわからない兄弟ね」

と周囲からはよくからかわれていたけれど、双子にしかわからない不思議なつながりがあった。その後、兄の病室を一旦出て、担当医から病状の説明を聞いた。