「お前さんに頼みたいんだが、早乙女くんの義理のお母さんに膵臓癌の疑いがあって、検査入院させてほしいんだが空いているかい?」
「ちょっと待って。空いているかどうか調べてみるから」と純二郎はパソコンのキーボードを操作しているようだった。
「兄貴、早乙女さん。明日でも明後日でも大丈夫だから予約入れとくけど何時にしますか? それから、お義母さんのお名前、住所、生年月日、緊急連絡先教えて貰えますか」
と純二郎は矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。
真一は少々戸惑ったが、
「明日で予約入れて貰えませんか」と言った。
「わかりました。それではお義母さんのお名前から言っていただければ、私がそのまま打ち込みます」
真一は、義母の名前、住所、生年月日を告げたところで、
「緊急連絡先は、私にして貰えますか。妻だと、実母ゆえ私情が挟むとご面倒をかけるかも知れないので、どうでしょうか?」と質問した。
「そうですね。私の立場から何とも言えませんが、早乙女さんが、そのほうが良いという判断であればご意向に従います」
「緊急連絡先は、私にお願いします」
「それでは、そのようにしておきます。スマートフォンの電話番号、メールアドレスは変わっていませんよね」と純二郎は確認してきた。
真一は念のため、
「変わっていません。確認のため申しあげますので、よろしくお願いします」と言って自分のスマートフォンの電話番号とメールアドレスを告げた。
「兄貴、用件はそれでいいの……」
「純二郎、声がするけど診察中? 忙しいのに申し訳なかった。今度おごるから」と言って純一郎は電話を切った。
真一と純二郎のやり取りを聞いていた純一郎は、
「昔から変わらないね。お義母さんや奥さんにも相談もしないで決めるなんて、君らしい」と呆れた顔をした。
「膵臓癌の疑いとなれば、そりゃ一刻も早いほうがいいと思ってさ……」
「ところで、娘さん元気かい。確か、お父さんの葬儀のときは高校三年で受験を控えていたよね。一周忌のときは、東京の音楽大学に進学していると本人から聞いたんだが、奥さんに似て、さぞかし綺麗になられたんじゃない?」
真一は、他愛もない話題だと思って受け流そうとした。
「オイオイ、冗談だと思っているんだろう。ついでと言ってはなんなんだが、君のところに話しに行こうと思っていたんだ。実はうちの医局に優秀な奴がいて、娘さんとお見合いしてはどうだろうと考えていたんだ。今は医学部附属病院に派遣しているんだが、医者といったって案外出会いが少ないもんなんだ。
外来で診察、手術が長引いたり、入院している患者さんの容体に気を遣ったり、当直があったりして、ドラマで描かれているような訳にはいかないのさ。今どき、見合いなんて?と君は思うかも知れないが、俺は結構真剣なんだ」と純一郎は存外真面目な顔だった。