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女店主は、しばらく馬鹿丁寧な口調で喋り、見えない相手に何度か頭を下げていたが、受話器を置くと、両手をさすりながら、つかつかと戻ってきた。
「もう少ししたら来るって。平田造園の人が」
「下見に来るわけ? この庭の」と耀子。
「でも親方じゃなくて、その代理の職人さんみたい」睦子は応えた。「本当は、しっかりしたプロの職人さんの方がいいんだけどな、あたしとしては」
「このお庭、変えるんですか」彩香がいった。「お花でいっぱいにして、花壇みたいにしたらどうかしら……なんて」
彩香を横目で見つつ、どう、元気になったかしら、というような目つきで、睦子は微笑した。
「なあに、枝と葉っぱをぶった切って、サッパリさせりゃあいいのさ」
マス江はそっけなく言った。
それから意味ありげな笑みを浮かべた。
「あのね、あんたら、知らないみたいだから、予備知識として言っておくけどさ。ここはね、その昔、地主の武内康太郎が、愛人を住まわせていたとこなんだよ」と続けた。
皆、きょとんとした顔をしている。
「いまのヴィラ・フローレンス。黒崎さん、あんたの住んでるところさ。あそこに、バブルの頃だったか、小さな風見鶏のついた赤い三角屋根の家があったのよ。愛人が亡くなった後、それを取り壊して、あんな小洒落たアパート作っちまったらしいわ。……なんでも、SKDだったか日劇だったかにいた千鶴って女で、病気がちで引退したのを、妾にしたんだってさ」
「SKDって何ですか」彩香がおずおすと尋ねた。
「松竹歌劇団のことさ」なぜか憮然として、マス江が答えた。「昔はそんなのが、あったんだよ。悪かったねえ」
「その話だけど。ダンサーだから、さぞかし美人だったんだろうけどね。別に上品な和服の似合う前の奥さんが、ちゃんと樫の木四丁目の自宅にいたのにねえ」
睦子は口を挟んだ。
「美人も美人。すらりとしたいい女だよ。なに、康太郎ってのは、手が早いんだよ。若いお手伝いさんにも必ず手をつけてたっていうじゃないか。ちょっと前までは手に負えないヒヒ爺いだったわけさ。
ここで何度も修羅場があったというからね。ほんとは睦子さんが言うほど、いい波動の土地でも、いいバイブレーションの土地でもないんだよ。強欲じじいが、踊り子上がりの妾を囲った庭なのさ。あんたには悪いけどさ」