月曜日、果音は朝一番で保健室へ向かった。
土曜日にあった出来事を、バーバラに話すためだ。
話を聞いている間、バーバラはすごく腹を立てていたが、その怒りが自分にではなく「おっさん」に向けられていることに果音は正直驚いた。
「男の特徴は? 何歳くらい? 車のナンバー覚えている? メッセージは残っている? 許さない! 私の生徒を、こんなに怖がらせて! チクショウ!」
「せ、先生、落ち着いてください」
バーバラは憤慨し、叫んだ。むしろ、果音の方が落ち着いているようであった。
バーバラは、思った。ニュースの中だけの出来事ではない。こんなに身近で事件は起きるのだということを……。最悪の結末を想像したバーバラは、恐ろしくて身震いした。
「何より、無事でよかった。本当によかった」
果音は、担任や学校に呼び出された母親に散々叱られ、どんなに危険なことをしたかを延々と諭され、もうクタクタだった。
心配をかけて悪かったと素直に反省した。
何よりも、勇気を出して保健室に行ってよかったと思えた。果音を温かく迎えてくれ、怖い思いが深く巣食わないようにしてくれたバーバラに、心の中で感謝した。
あの日以来、果音の母親は娘に少なからず干渉するようになった。
「あんなに放任していたのに、バカみたい」
果音はそう言いはしたが、決して嫌ではなかった。
担任もことあるごとに「何か悩んでいることはないか」とか、「いつでも相談しろ」とか話しかけてくるようになった。
そのたびに果音は、照れくささと反抗心が入り乱れて、不愛想な返事しかできないでいた。
学校生活の中で少し変わったことは、保健委員になったことだった。
もともと図書委員だったが、転校した子の代わりに果音が保健委員になったのだった。
体温のチェックや感染症予防のための消毒、石鹸の補充など毎日やらないといけないことが結構ある。
(ババアは歳だから、なるべく手伝ってあげないと)果音なりに役に立ちたいと思って行動し始めた。
果音は今日も保健室へ行く。
以前は、旧校舎が不気味で気が重かったけれど、今は少しだけ気持ちが軽くなった気がする。
コンコン。
「はーい、どうぞ~」
バーバラが笑顔で迎えてくれる。
「あ、報告にきました」
月日が経っても、バーバラの対応は変わらない。
相変わらず能天気だ。
自分で言った冗談に、声を上げて笑う。
果音にとって、バーバラの笑いのツボは未だに謎である。
でも楽だ。果音はこのバーバラとの時間が少しずつ好きになっていった。