あなたがいたから
バリ、シンガポール
シンガポールの街の中を歩いていると、あちらこちらに日本人が設計した建物があり、設計にしても日本人が評価されている事が分かった。
バリは、まだまだ自然が残っていて、シンガポールの中心地は、観光地という印象を受けた。しかしシンガポールも一歩街並みから外れると、自然がいっぱいという感じであった。
彼は八日間位のこの旅行中も元気で、本当に思い切って来て良かった、そう思った。元気な彼の笑顔を見ていると、まだまだこうやって一緒に旅行ができたら良いのにと、そればかりを願った。
この旅行は彼に、病気になっても、海外に旅行に行く事ができたという大きな自信になった様であった。彼は旅行中とても元気で、今から思うと、この半年後に又再発し、いなくなってしまうなど、この時は思いもしなかったのである。
再発
夏の終わりに、八日間もバリ、シンガポールに行き、帰って来てからの彼は、「疲れていないだろうか?」と心配になった。しかし重い病気を抱えている様には見えず、思ったより元気だった。「やはり思い切って行って良かった」そう思っていた。
しかし、九月初めの定期的に受診している大学病院での検査の結果、「怪しい影があります」と言われたのだ。それは原発の隣にできた影で、「まだはっきりは分かりませんが、再発かもしれません」と告げられた。
この一言で旅行に行き楽しかった思い出は、一気に吹き飛んでしまった。本人が一番気にしていた【再発】の文字。私自身も衝撃の言葉を聞き、あまりのショックで暫く立ち直れなかった。
これからどの様な治療をしていったら良いのかと、それだけしか思い浮かばなかった。彼が一番ショックだったに違いない。再発したらもう駄目かもしれないと、それだけが頭をよぎった。「再発していたとしても最愛の家族を何としても助けたい」と思った。これは誰もが同じ気持ちだろう。
「何か治療法はないのですか?」まず担当医の先生に聞いた。
すると「今のところ、この膠芽腫という腫瘍の再発には、これが効くという治療法が無いのです」と告げられた。
では死ぬのを待つしかないのかと思った。すると担当医の先生は、「治験という方法もありますが申し込んでみますか」と言った。