我らが名探偵は、しみじみそう語りました。話が本当なら、おもいでパンはマズイのが正常ということになります。それでは、研究時に味わった、頬の落ちる感動はなんだったのでしょう?今にして思えば、おかしな点が多すぎます。ざっと違いを列挙しますと——

◎研究時

ガラス張りのショーケースに豪奢な品々が並び、スタッフに所望の品を注文するスタイル。内装は、小粋で、洒脱で、新設されたみたいにピッカピカ。スタッフは、二十代半ばの笑顔のまぶしいお姉さん。

◎研究後

『トレイとトングでご自由にお取り下さい』の、ごくごく一般的なスタイル。内装は、地味で、簡素で、所々経年劣化の跡がある。スタッフは、どこかくたびれたヒゲのオジサン。

店主が一人で経営しているのなら、パート・アルバイトは雇っていないハズ。それでは、研究時に応対してくれた、あのお姉さんは?店の様変わりに関しても、説明がつきません。これについて、私は次の仮説を立てました。

アレは一種の平行世界だったのかもしれない。キレイなお店、おいしいパン、美人のスタッフ……。暖簾を潜った瞬間、我々は店主が思い描く理想郷へ誘われたのだ。

——あれから二十余年。ふと少年時代を思い出した私は、商店街の離れに足を運びました。パブやキャバレーや××××といった、いわゆる紳士の社交場はなくなり、ファミレスやネットカフェなど、飲食店が幅を利かせています。

おもいでパンは……ありません。『MEMORY』なる洋菓子店が、跡地に建っています。何を期待したのか、私は吸い込まれるように、見知らぬ洋菓子店に入店しました。

ガラス張りのショーケースに豪奢な品々が並び、スタッフに所望の品を注文するスタイル。内装は小粋で、洒脱で、新品みたいにピッカピカ。ショーケースの向かいから、二十代半ばの笑顔のまぶしいお嬢さんが「いらっしゃいませ!」と、明るく声をかけてくれました。

ショーケースには、洋菓子の他に、無数の菓子パンが置いてあります。ドーナッツやクロワッサンや……メロンパンなどです。お嬢さんにメロンパンを注文する傍ら、私は思いきって、疑問をぶつけてみました。

「このお店、前はパン屋さんでしたよね?」

「父のお店ですわ。マズくて、休みがちで、いつ潰れるかわからなかったけれど、私は家族との思い出がつまったこの店を、失いたくなかった。外国でお菓子作りを学び、洋菓子店として再スタートを——」

話の途中でお客さんが入ってきました。四人組の野球少年です。各自両手に、パン屋の紙袋を抱えています。私は彼らに、どこか見覚えがありました。遠い思い出の中で……。

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