つたない文面の中にも、いかに兄弟が深い悲しみを味わったかがしのばれる。ここ曽我の地で、幼い二人が受けた不条理な差別と冷遇は、二人の心に激しい復讐心を駆り立てたのだった。
――曽我兄弟がいつから仇討ちを考えていたのか? この願文を信ずるならば、少なくとも一萬が八歳、箱王が六歳の時には「祐経を討つ」と決意していたことになる。
おそらく、箱王が真の父の死を知った悲嘆の中で、
「いつか二人で、父上の仇を取ろう」
と、二人肩寄せ合って誓ったのだろう。
……余談だが、この願文、現在も残されている。長く不動堂に眠っていた願文は、その後村役場で保存され、現在は曽我の菩提寺である城前寺(じょうぜんじ)の寺宝となっている。
寂しい明け暮れの中にも月日は経ち、早くも一萬は九つ、箱王は七つの年を迎えた。折しも九月の十三夜。美しい名月が冴え渡っていた。例のごとく、座敷の中には兄弟が二人きり。面倒見のいい一萬が、自分の学問をするかたわら、弟の手を取って字を教えてやっていた。
一萬は人一倍学問に熱心な性格だったので、近くの寺で本を教えてもらっている。箱王は学問より相撲やチャンバラが好きだが、兄と一緒ならちゃんと肩を並べて寺へ通う。夕方、字のおさらいをする時も、一萬は根気よく弟に教えてやるし、箱王も兄の教えることなら「はい、兄様」と素直に聞く。
互いに片時も側を離れない。
やがて手習いを終えた兄弟は、月が明るいのを見て、庭に出て遊びだした。月影がくまなく照っていて、足元には自分の影が映るほど。
ふと一萬が空を仰ぐと、五羽の雁(かり)が月のかなたへ飛んで行く。曽我山の頂をかすめて、ちょうど、紺碧の空に一文字を書くように。
それまで弟と走り回っていた一萬は、急に足を止めて、力なく腕を落とした。
「兄様……?」
不審に思った箱王が駆け寄って袖を引く。兄の頬に涙が流れているのを見て、弟はハッと胸を突かれた。
「兄様、何を見ていらっしゃいます。いかがなさいました」
一萬は夜空を指差して
「あれをご覧、箱王。雲居に雁が飛んで行く。五つ並んで、離れることなく――。うらやましいとは思わぬか」