そして紗津季に向かい、
「紗津季、こんなバカたち、相手にすんな」
と言ってくれたのである。
みんなから「きんちゃん」と呼ばれていたこの同級生は、成績はいいのだが、態度が悪く、いつも人を馬鹿にしたような態度で、あまり人と話すこともなかった。これまで、人の争いに口を出すこともなく、一人、後方の隅の席で居眠りしているような不思議な子供であった。
そのきんちゃんが、突然、大声を張り上げていじめていた同級生らを怒鳴りつけたので、みんなもびっくりしてしまったのである。ただ、このきんちゃんにとっては、紗津季の味方をするというよりは、他の子供たちの行為が我慢できなくなったという感じであったのかもしれない。
成績もよく、クールなきんちゃんにとっては、親の言うことをわけも分からずそのまま受け入れて、それをいじめに使用している連中が本当に馬鹿に見えた。それだけでなく、言いようもなく腹の立つことだったようなのである。
小学生の子供たちの世界では、成績のいい者、運動のできる者が一目置かれ、ときにヒーローとなり、クラスのリーダーとなるので、いじめの対象となることはなかったのである。そして、このきんちゃんも、成績優秀でこの条件を満たしていたが、彼の場合この上に運動神経もいいのである。
さらに加えて、見た目も子供なりにかっこよかったので、もはや、いじめの対象とならないどころか正にアイドル的な存在であったといえる。そのきんちゃんからこのように言われれば、まず彼に憧れていた女子たちが戦線を離脱し、その結果、主戦力を失った雑兵の男子たちも戦意を保つことなどできなかった。
そしていじめていた同級生たちがぞろぞろと離れていくと、紗津季は、
「きんちゃん、ありがとう」
とお礼を言うのだが、当の本人は別にそれに応えるでもなく、黙ってその場を離れていく。小学生なのに、どこか人生をあきらめたような、あくまでもクールな子供であった。