第一章  ギャッパーたち

(二)天地紗津季

小学生で、異性の味方をすることは、即、「好きなんだ」という評価になりやすい。このときも、同級生たちから、「何や、きんちゃん、紗津季のことが好きなんかい」という反応もありえた。しかし、このときはきんちゃんの剣幕に気押されて、特に普段静かでクールなきんちゃんが突然に豹変したことに驚いてしまい、同級生たちは、こんな茶化すようなまねもできなかったのである。

しかし、それでも紗津季だけは、「きんちゃん、私のことが好きなのかな」と、「うれし恥ずかし」の子供らしい感想を持っていた。とにもかくにも、この一件があってからは、同級生らからの紗津季に対するいじめがなくなったのである。

むしろ、みんなから、きんちゃんの方が警戒され、敬遠されるようになった。しかし、そのおかげで、紗津季がいじめられることを回避できただけでなく、彼もまた他の子供たちからはっきりと孤立することとなり、紗津季だけが孤独感を持つこともなく、平穏に学校生活を送ることができたのである。

紗津季はこのことからきんちゃんに対して感謝以上の気持ちを抱いていたが、いつの間にかきんちゃんは学校に姿を見せなくなり、紗津季もいつしか彼のことを忘れていた。子供の「好き」という感情はしょせん長くは続かないものらしい。

 

紗津季の母、天地留美子は小料理屋をやっており、その美しさもあってか店は繁盛しており、生活は苦しいということはなかった。むしろ裕福な方といえた。後で考えれば、父からの援助もあったのかもしれない。

父は時々しかやってこない。それでも、その時々やってくるときに、父にほめてもらいたくて、紗津季は勉強した。そして看護師を目指した。

ところが、紗津季が学校を卒業して、ようやく看護師になれたと思ったころには、ほめてもらいたかった父親はもう家には来なくなっていた。

思えば、看護師を目指して勉強していたころから来ていないのだが、勉強に忙しかったので、気を遣ってくれているのだろうとしか思っていなかったが、そのころにはもう、母との関係はなくなっていたのかもしれない。しかし、子供のころからあまり詳しく聞いてはいけないと敏感に感じ取っていた紗津季は、その理由を母に聞くことができなかった。