例えば物語風に言えば、9回裏3対0でリードされているチームが、ツーアウト満塁で迎えた場面があった時、然もその最後の打者のカウントがツーストライク、スリーボールとなると、これはやる者、見る者、投手の最後の一球が投げられるまで、瞬時、心臓が停止することになる。一発逆転サヨナラ満塁ホームランという場面である。

これがヒットとなると、その後の試合の結果は分からないが、出るのは溜め息だけということになる。しかし、これがホームランだと一挙に劇的な幕切れとなる。そこにホームランのえもいわれぬ魅力が潜んでいる。

現実にはこうしたケースは極めて稀であるが、このようなホームランの魅力にファンはこれまで酔いしれてきたのである。勢い過去の様々なホームラン記録も人々の脳裏に焼きつくことになったのである。

(二)

二〇〇四年十月二日(日本時間)他ならぬ、アメリカ大リーグ、シアトル・マリナーズで活躍中のイチロー選手が、地元Tモバイル(旧セーフコ)・フィールドでのテキサス・レンジャーズ第一戦(この3戦で今季レギュラーシーズンが終わる)で、我々の眼を野球の花形ホームランから比較的地味と言われるヒットによって、人々を長い眠りから目覚めさせてくれたのである。これまでのホームラン重視の野球を根底から覆したのである。

前述のようにG・シスラーは、八十四年前、年間安打記録257本を達成したが、この日イチローは3安打を打ち、その年間安打記録を259本に伸ばし、終にシスラーのもつ大記録を2本上回り、この大リーグ記録を八十四年振りに塗り替えたのである。

結局、イチローは、残す二試合にも3安打を放ち、262本という前人未踏の大記録を打ち樹てたのである。

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