しかし、やはり不思議なのは、そんな不便なところにどうして立派な合掌造りの家が建てられたのか? そこで篠原は河田と水沢に、
「どうして、そんなおぞいところに立派な合掌造りの家が建てられたと思いますか?」
いつもの質問をぶつけてみたが、河田だけでなく水沢も、ちっとも合掌造りを立派な物とは思っていないから、
「どうしてって、山里やで、木はあるでな」
「なあ」
と言うだけなのだった。そして夜の十一時になり、携帯で呼ばれた瑞江がやってきて、いつものように歩けないほど酔っ払った河田と水沢を車に乗せて、にこやかに篠原に挨拶して、帰って行った。
4
さらに篠原は、河田の好意で『大寄り合い』にも参加させてもらうことが出来た。
白川郷は、荻町、飯島、鳩谷などいくつかの区に分けられているのだが、大寄り合いというのはそれぞれの区の全世帯参加の話し合いの場のことだ。河田は荻町区の区長なので、大寄り合いで出る様々な意見のまとめ役だった。
村の中の公民館で夕方から話し合いは始まった。議題は荻町区の日曜日の交通規制について、だった。世界遺産の観光地になって、荻町区は年間百五十万人も観光客が来る。村全体の人口がおおよそ二千人なのに、その八十倍近くの人々が押し寄せるので、村の道路が渋滞するのだ。農作業に向かう軽トラが自分の畑に行くのに二時間もかかったとか、トンネルの中で夏場何時間も閉じ込められたという話が出る。
それなら集落の中に車は入れないようにしよう、という案が出る。すると、集落の中で駐車場を経営している人は儲からなくなるので反対する。町の外にある大きな駐車場に全部の車を置かせて、そこから歩くなり、シャトルバスを出そう、という案も出る。
すると、シャトルバスの維持費の高さを指摘する人もいる。それらを一つ一つ、
「そやなあ、そやけど、それも、だしかんぞ」
などとじっくり意見を調整していくのが区長の河田の仕事だ。