第一章 新しい家族
引っ越し
「二年生でも三年生になっても、いじめる子が同じクラスにいたから、中学校はいい思い出があんまりないんだー」
「それでどうしたの」
由美が勢い込んで訊いた。
「お姉ちゃんのお母さんは忙しくて顔を合わせることも少なかったし……言えば心配かけるからね。私のお姉ちゃんはもう中学を卒業していたし、先生に言えばチクったって言われると思ったから、我慢するしかなかったのよ……今考えるとねー、やっぱり誰か大人に相談すればよかったと思うんだよねえー」
お姉ちゃんはちょっと上を見て寂しそうに言った。
「高校に入ったらなくなったけど……みんな背が伸びるもんね。でも、中学校の思い出だけは本当に少ないし、友達もできなかったから、ヒロ君にはたくさんいい思い出を作ってほしいんだー」
お兄ちゃんがちょっと間を空けて言った。
「ヒロ、いいか、いじめられたら必ず言え。俺がいじめてるやつをシメてやる。いじめているやつらは何にも考えずにやってるもんだ。シメてやれば怖がってすぐやらなくなる」
「そんなに簡単じゃないよ。でも、お兄ちゃんとお姉ちゃんがついているから、いじめられないように絶対できるからね」
お姉ちゃんたちの話で、中学校ってそんなに怖い所なのかと不安が湧いた。けれど、同時に真剣に話して、本気で心配してくれる目の前のお姉ちゃんたちを頼ってもいいんだと安心感が湧いた。
「シメルって、ぎゅって首絞めるの?」
由美がとんちんかんなことを訊いたから笑った。お兄ちゃんは手拭いを絞るように、「この野郎って絞めるんだ」
「やめなさいよ、由美ちゃんが本気にするじゃない」
お姉ちゃんが笑いながらたしなめ、
「だめだよって教えることよ」と由美を納得させた。
〈これからは毎月三千円のこづかいをあげるから自由につかいなさい。文ぼう具や学校でいるものは別にあげるから言ってね〉のメモとクリップで挟んだ千円札が置いてあった。朝食のテーブルにはご飯の用意ができていて、お姉ちゃんは僕のお弁当を作っていた。そばに真新しい弁当箱と巾着袋が用意されていた。
「お小遣い、ありがとう」
お姉ちゃんは口元だけで笑って、
「お弁当は作れるときには作ってあげる。作れないときはお金を置いておくから学校でパンを買ってね」
お姉ちゃんはアルバイトのある日は僕たちが寝てから帰ってくる。早起きさせて、弁当を作ってもらうのは悪い。
「いつもパンでいいよ」とは言ったけど、新しい弁当箱を鞄に入れるのは嬉しかった。
裕ちゃんとはクラスが別だけど光君とは同じクラスになれた。
三人一緒に帰るとき、ずっと部活をどうするかばかり話していた。僕には部活紹介で見た吹奏楽部の演奏の印象が強烈だった。トランペット四人のファンファーレが輝いて見えた。続いて登場した三年生の女の部長さんは、ものすごく大人っぽくてかっこよかった。
僕が「吹奏楽部にしようかな」と言うと「あの部長の三年生、かっこよかったな」と裕ちゃん。
光君が「三年生におじさんみたいに見える人がいたよね」
僕たちは始まったばかりの中学にわくわくしていた。