摩訶不思議ワールド
漢方相談を受けた時、生活の仕方を同時に見直すことを提案された。規則的な生活と運動を取り入れることだ。とにかくやってみようと思った。規則的な生活については、仕事で縛られない生活になった今は、介護以外の時間は自由に設定できる。
夜は眠れないのだから、朝の何時を起点に起き出すかを決めて実行することは容易いことだ。夜は12時には一旦、布団に入り、朝は6時半には起床することにした。あとは運動だ。退職後、私はめまいが持続していたことと、手足の激痛がいつ起こるかもしれないという恐怖感もあり、極力、静かな生活をしてきた。
けれど私は私の壊れた身体にこそ運動が必要であることをよく知っていた。身体中、特に交感神経の亢進によって血管収縮を起こした四肢の末端にまで十分な温かい血液が巡り、四肢の末梢で沈滞した冷たく淀んだ血液を中枢に戻し、淀みを解消してくれるのは運動であるということをよく知っていた。
私は保健師であると同時に運動指導士だ。どのような運動が私の壊れた身体には良いのか、理論上の知見は持っている。どのような運動を生活に取り入れていくかを考えて、あとは実践するだけである。
けれど運動指導士の研修で学ぶような一般的な運動は、実は、不眠対策を手あたり次第に行う中ですでにやり尽くしていた。その中で手足の激痛を誘発したことも何度かあったため、運動については、必要であるとは思いつつ、何もできずにいた。万策尽きていたのだ。
けれど、たった一つ、気になっていることがあった。それは「操体法」というものだった。
「操体法」なら、副交感神経を蘇らせることができるかもしれないという一縷の望みが私の心の奥底にはあった。私は「操体法」を学べるところがないか調べた。そして、あろうことか、私が住むこの町で、再び「操体法」に出会うことができたのだ。
私は小さい頃から柔軟性に優れていて、小学校のころからマット運動や跳び箱が得意だった。持久力が要求される長距離走以外は、ほとんどの種目を、そこそこ得意にこなせて、高校の体育の先生から「君はスポーツ万能だね」と言われたくらいである。大学では「ダンス部」の部長も務めた。
運動は自分自身が得意であったことで、保健指導や健康教育においても、非常に具体的に伝えることができた。このため私の運動指導は、受講者はもとより保健師たちからも「本当にわかりやすい」と好評を博することが多かった。運動が好きだったこともあり、私は保健師でありながら健康運動指導士の資格を取得した。