「紗季、カナダのお母さんが向こうの昼頃亡くなったと連絡が入ったよ。九十六歳だった。昨夜紗季が寝たあとにメールが入ったから起こさなかったよ」

「お母さんは、どこで、どうして亡くなったの?」

「ジュデイと康代さんとドライブに行って、日本食レストランで天ぷらやお寿司を食べている途中で、あっという間に亡くなったらしい。心臓が悪かったからね」

「エー、八日はお母さんの誕生会だったのに」

「近くにお医者さんもいたし、ジュデイは看護師だからすぐに手当てしたらしいけどね」

紗季はとっさに事態を受け止められず、ガラス戸越しに見える海を呆然と眺めた。雲間から一条の光が差し込んで、沖行く二(そう)の船を照らしていた。紗季は晃司に言った。

「さっきお母さんが会いに来た夢を見ていたわ」

ああ、あの夢で見た背中はお母さんの背中だったのだ。お別れを言いに、はるばる指宿まで訪ねてくれたのだ。

お母さん、お母さんとうとう逝ってしまった。カナダのお父さんが迎えに来てくれたのね。あの光がきっとそう、お父さんの所に吸い込まれるように昇っていくお母さんの姿が目に見えるようだわ。

紗季は光の帯を見つめながら声もたてずに静かな涙を流した。これでようやく二人一緒になれたのだと、悲しみと共に安堵した気持ちも広がった。お父さんが亡くなってから二十五年が過ぎていた。家族に囲まれて旅立つことができた二人は、きっと幸せだったに違いない。

四月八日はお母さんの九十七歳の誕生会の予定だった。各国で生活している子や孫、ひ孫たちが集まることになっていた。紗季たちも呼ばれていたので、もう飛行機のチケットは手配済みだった。

「すぐにカナダに飛ばなくてもいいの?」

「いや、すぐに葬儀ではないようだ」

日本と違って、カナダではすぐに通夜や葬式を行うわけではないらしい。八日の誕生会に皆が集まるので、内輪で最後のお別れをして荼毘(だび)()すらしい。

そしてその一週間後にお別れのセレモニーをすることに決まったと再度連絡が入った。すぐに動かなくてもいいとわかったので、簡単な朝食を終えると帰り支度を始めた。

カナダのお父さんお母さんの魂を肩に乗せて、小旅行に行く気分になった。

二人は予定通りに指宿のリゾートマンションを出発すると、高速に乗って知覧(ちらん)へ向かった。