「もちろん、普通はそのように考えますよね。でも、大丈夫なんです。そもそも法律的には現在、助役の私、青山が村長の職務代行者として事務処理をしております。これをこのまま継続すれば何の問題もありません。村議会も毎年の予算審議が重要なのですが、その時期にはまだまだ時間があります。これから三ヶ月は村議会も開催されません。議会も問題ないですから。全く心配することはありません」

村長室にいる赤坂も神田もなるほどといった顔をしてうなずいている。

「そこで、正二さんにお願いしたいのが、村の施設の訪問や村のおじいさん、おばあさんに声かけや激励に回っていただくという仕事をお願いしたいのです」

青山助役が、目を輝かせながら説明する。

「村の人々の中には、村長の病気が心配でゆっくり寝れないという人までいるのです。それに権田原正一村長は、村じゅうを毎日のように視察に回っていました。村の人たちからは村長さんが来ないから淋しいという声ばかりなんです。これだけは、私どもでは代行できないのです。その村の人たちを安心させて、村長は元気ですよというアピールをしていただくだけでいいのです。これは村の人たちのために『ついてもいいウソ』ですよね。誰も怒りませんよ」

私は、まさかの提案に驚き、混乱してしまった。どうすればいいのだろうか。私の中で「善とは」「悪とは」という言葉がぐるぐると駆け巡っていた。(顔が似ているというだけで「影武者」をしてしまってもいいのだろうか)

「もちろん、アルバイト代も出させていただきますし。月額五十万円ほどですが、よろしいでしょうか」

青山助役は、私の赤いネクタイをくるくると弄ぶ。

「それでは、この『影武者』の件を村の皆さんにはどう説明するのですか」

私は顔をひきつらせつつ訊いてみた。

「もちろん、『影武者』のことは黙っていましょう。『権田原正一村長は元気に復帰しました』ということでいいですね」

青山助役の目がキラリと輝いた。どういうことかウインクまでしてくる。どうすればいいのだろうか。答えが決まらない。

「この件はここにいる権田原さんと私たち職員三人だけの秘密ということで」

青山助役はニッコリと笑い、赤坂も神田も腹黒そうな顔をして助役と視線で何かのやりとりをしていた。この村は男性同士で特別な風習でもあるのだろうか。

私は月額五十万円というバイト代に心が動いてしまい

「は、はい」

悪魔の提案に不覚にも了解の返事をしてしまった。

「では、『今日から村長は職務に復帰』ということでお願いします」

青山助役は、ケジメをつけるような大きい声で言い放った。この「影武者」の件を知っているのは、同席した職員の青山と赤坂、神田と私のみだった。ちなみに、私の立場は村の「臨時特別職員」という謎の肩書となった。

【前回の記事を読む】【小説】村長である兄の帰還を喜ぶ村人たち。正二は意を決して真実を告げる。