「美夏のパソコン、少しだけ借りていい?」
そう言って母は遠慮がちに、手のひらサイズのデジタルカメラをちらつかせた。もとは父が趣味と休日のゴルフ旅行のために買ったものだったが、あまり使う場面がなかったのか、いつしか私と母の共有物と化していた。
「この前の旅行の写真を入れたくて」
「早くしてね、私も今ヤバいから」
高校へ入学してから私は、バスケットボール部ではなくダンス部に入部した。きっかけは入学してから最初に属していたグループの人たちに連れられて見に行った校内の新歓公演で、ダンスは全くの未経験だったが、その華やかさに惹かれて入部を決めた。ちなみに一緒に公演を見に行った他の子たちは違う部へと入部していき、一学期が終わる頃には全員がそれぞれ違うグループに属していった。
「ごめんね、すぐデータ入れるだけだから」
そう言うと母はおずおずと私の部屋からノートパソコンを持ち出した。
「早く返してよね!」
私の苛立った声に、母は返事をせずに部屋の扉を閉めた。
高校二年の文化祭を目前に控えた私の心は、思春期独特の刺々しさと、部内の人間関係への不安感が混じり合い、荒れ切ったものとなっていた。
「次のナンバーが美夏と一緒なの、正直微妙なんだよね」
運動神経は良いけどさ、やっぱり振り覚えも遅いし。
高校一年の三学期、放課後の練習のためにロッカールームの前まで来た時に、偶然聞いてしまった会話だった。中にいたのは同じダンス部の同級生で、クラスは違うものの同じ部ということで練習はもちろんのこと、昼休みなども共に過ごしていた。
私が所属していたダンス部は、一年の六月ごろまでは先輩のパフォーマンスや名前の格好良さに釣られて入部したダンス未経験者が多くを占めていたが、練習の厳しさや小中学校からのダンス経験者との実力差に耐えられなくなったのか、夏休みに入る頃には経験者と未経験者の比率は逆転しつつあった。
中学校の三年間でのバスケットボールで鍛え上げられた運動神経があったため、私は難しい振り入れなどにもどうにか対応できていたが、やはり経験者との差は次第に広がっていった。
「美夏は夜練来れないからね」
「それそれ。門限早すぎだよね」
「一人っ子で箱入りって、大変そう」
ふたりの加速していく心ない会話は、私の感情を揺さぶるのに十分なものだった。
その後、私はロッカールームから一番遠く離れた場所にある校舎内の女子トイレへ駆け込み、目元の腫れが目立たないように涙をできるだけ押し殺しながら泣いた。