「わたくしが以前に訪れた二人の仙人のことを話すと、コンダンニャ達は様子を聞かせて欲しいと言いだした。問われるままに、わたくしはまず、アーラーラ・カーラーマに何を学んだか話した。

彼は〈自分に属するものは何もない〉という無の境地を目差していた。わたくしたちは何一つ所有していないとして、ではどうしたら安らかな心で生きることが出来るのかと師に問うたが、アーラーラ・カーラーマは『世間に対する欲望を捨て去って無一物に徹することだ。』と答えるばかりで、わたくしの問いに答えることはなかった。わたくしはこの師を去った。

ウッダカ・ラーマプッタは『考えるのではなく、考えないのでもなく、心を静めて自分に集中していることが大切だ。』と説いた。確かに、自分に集中していれば瞬時に行動できる。ではそれによってどのようにしたら安らぎを得ることができるのか師に問うたが、師は精神統一の大切なことを繰り返すばかりであった。わたくしはこの師からも去った。

このうえはわたくしは今以上に苦行に徹して、肉体の力を弱め、熱き力を身につけ、自ら知るしかないのであろう。わたくしの話を聞き終わったコンダンニャ達は、目を輝かせて、わたくしと共に苦行を続けたいと申し出た。」

ゴータマはラージャガハから70km程南西にあるガヤーに向かい、更にガヤーから11km程南のウルヴェーラー村で苦行に入ったといわれている。

ガヤーは本来、ヒンドゥー教徒の三大聖地の中心地だそうである。

ウルヴェーラー村は、現在、ブッダガヤーと呼ばれており、ゴータマ成道の地として、仏教の4大聖地の一つである。ネーランジャラー河の左岸にある。この河は、やがてガンジス河に注ぐ。

ツアーでは、ラージギールから専用バスでブッダガヤーに向かった。ここがブッダガヤーと言われて、中田達はバスから降りたが、そこは一面の田園風景で、建物は見当らない。

目の前がネーランジャラー河であると言われたが、冬のせいか、河と覚しいところには水は全く無く、砂地であった。

ネーランジャラー河の岸辺の村は、写真で見ると、緑に恵まれ、静かなたたずまいである。

ゴータマの当時とそう違っていないとすれば、この岸辺は瞑想に相応しかったのであろう。

【前回の記事を読む】「落命の危険があっても、わたくしには遣り遂げたいことがあるのだ」