この日を境に翠は明け方前に出かけるようになった。

必ずシャワーを浴びていくが、それが現実なのか非現実なのか区別のつかないところでの出来事のように僕は感じていた。物事の境界線はいつだって不確かだ、と言っていた小説家の言葉を思い出す。しかし朝方起きた時に空虚さの残るベッドには、翠がどこかの誰かに会いに行っていることが確実に証明されていたので、それは現実であると思わざるを得なくなっていた。

僕が学校やバイトから帰ってくると翠はベッドで寝ているか窓際でタバコを吸っているかで、何も喋らずただ一点を見つめていることが続き、僕はなんのためにここに二人でいるのかわからなくなってしまった。

翠は相変わらず小さくて華奢な下着のモデルを続けていて分厚い洋書を読み、合間にタバコを吸い明け方前に家を出る。紅茶を飲みメガネを曇らせる。僕を無心に抱き、屈託なく笑い自分のことは何も話さない。

もっと僕のことを知ってほしかったし求めてほしかったのに、翠にとってそれは重大ではなく、反対にそれらのことをあえて避けているようだった。

僕は物足りなさがふつふつと募り、自分を求めてくれるわかりやすい方向へと進んでいった。

これは僕の意志によってなのだろうか? 僕の意志というのはどこにあってどこから派生するのか? 僕の思考はもはや狂い始めていた。

【前回の記事を読む】【小説】もし僕が他の娘と仲良くしても、彼女は何とも思わないのだろう…。