数日後、翠は日本に帰ってきた。
前とは違う香水の香りが鼻腔をくすぐる。翠はチョコレートと葉巻を大量に買ってきた。
この甘い香りは葉巻のせいだったと後から気がつく。僕はタバコを吸わないので、チョコレートをかじりながら翠を抱いた。
チョコレートの中にはトロッとした液状のものが入っていて、バラの花のような芳香がした。その中で葉巻の煙が陽炎のように漂い、目眩のような感覚に陥る。
翠との行為はいつも悲しくなる。でも嫌な悲しさではない。人は本来独りだということに気づかされる悲しさだ。抗えない悲しさ。幸福を伴う悲しさ。
明け方、翠の携帯電話が青白く光っているのを夢うつつの中でぼんやりと感じていた。
遠くで明かりがつきシャワーの流れる音が聞こえてくる。微かに白檀の香りが漂ってくる。翠の叔母の小料理屋を思い出す。一階はカウンター席だけで二階に和室が一つあった。二階の部屋に入ったことはない。一階のカウンターでビールを飲みお通しの菜の花のお浸しをつついている時だった。
白檀の香りが二階から下りてくると同時に翠が降りてきた。髪を結っているようだがたくさんの後れ毛が顔の周りで揺れていた。切れ長の涼しい目を伏せがちに「いらっしゃいませ」と静かに言った。これが翠との出会いだった。
そんな記憶が頭の中をゆらゆらと漂い僕はまた深い眠りに堕ちていく。
次に意識が戻ったのは日が高く昇った頃だった。
飲酒などしてないのに頭がガンガンする。チョコレートの真ん中に入っていたあの液状物に何か仕込まれていたのではないか、という疑念が頭を過る程に血管が波打っていた。
翠は当たり前のようにこの部屋にはいなくて、テーブルには葉巻とチョコレートの残骸が存在を主張するかのようにそこにあった。
僕はため息をつき、歯を磨くために洗面所に向かった。