道に飛び出した。
「そっちじゃない。防空壕はこっちだ」
声を聞き流してぼくはもう走り出していた。敵機がいてもいなくてもそんなことは関係なかった。そのときのぼくに怖いものなんか何もなかった。怖いという言葉自体がもうぼくの中にはなかった。ぼくは走り続けた。毎日通っている通学路なのに、初めて見る道を走っているみたいだった。
地上には一つの人影もない。みんな防空壕に入っているのだろう。空から見たら一人だけ路上にいるぼくはこれ以上ない標的だったろうが、そんなことは考えの隅にもなかった。ガラス細工の中を走っていて、そこから外の世界を見ているみたいだった。
その世界の中をいろいろな映像が景色と重なって動いた。教室の後ろの学級図書の棚が記憶の中に見えてきた。その棚に置かれた一冊の本。クラスのみんなが奪い合って貪るように読んだ本《敵機一覧》だ。妹を撃った敵機がその中にある。二人乗りの小型機で側方を撃てる機関銃を備えた機体。ぼくは記憶の中からその一機を拾い出した。カーチスSB2Cヘルダイバー。航空母艦から発進してきた最新式の急降下爆撃機だ。
ぼくの喉はゼイゼイ鳴っていた。でもぼくは一度も立ち止まらなかった。ぼくの目の奥にはすぐ目の前の機体の後部座席から乗り出すように撃ってきた射撃手の顔がシッカリと焼き付いていた。
家に続く路地への最後の角を曲がったとき、門の前に母が立っているのが見えた。母は防空壕に入らないで、ぼくと妹の帰りを待っていたのだ。
母の胸に飛び込むなり言葉が出た。
「ゴメンナサイ」
それ以外の言葉などあるわけがない。ぼくが妹を死なせたのだ。ぼくが押し倒さなければ妹は死ななかった。
それは、それまで妹が立っていた場所に入れ替わって立っていたぼくが無傷だったのだから確実だ。妹はいつもぼくを一番頼りにしていた。その妹をぼくは死なせてしまい自分は傷一つなく生きているのだ。ゴメンナサイ以外の言葉なんてあるわけがない。母はそれで全てを悟ったに違いない。背中を強く抱き締められるのを感じたところでぼくの記憶は途切れる。ぼくは気を失っていたのだ。
フェンス越しに覗き込みながら、ぼくはいつの間にか顔をぴったりとフェンスに押し付けていたらしい。急に女の子が顔を上げた。ぼくはどんな顔つきでいたのだろう。おそらくぼくの目は憎悪か怒りのそれであったに違いない。
なぜ、ぼくの妹があんなに惨めに死に、この女の子はぼくの家まで取り上げて悠々と日なたぼっこをしているのだ。女の子もぼくの方を見た。すると急に険しい表情になって、いきなりジュースの空ビンがぼくの方に飛んできた。ビンはフェンスを支える鉄のポールに当たって砕け、ガラスの破片がぼくの身体にふりかかってきた。ぼくは黙ってフェンスを離れた。
