「わたくしを翻意させることは出来ないと知ったヤショーダラーは、わたくしを罵倒し続けた。
『主の責任を捨て、おのがしたいことだけをする、ならず者、人非人。働かずに乞食によって生きるとは、ゴータマの家門を汚す、恥知らず、怠け者。乞食は、人からの恵みがなければ、餓死するしかありません。出家は、暑さ、寒さに耐え、野獣等を恐れながら、木の下、石の上に臥すとか。病に倒れたら死を待つしかありません。そんな最下層の生活に何を好んで……。愚か窮まりない。
冷酷な父親を持ったラーフラが不憫でなりません。ご自分はおとうさまから掌中の玉のように育てられ、一族の古老について、武術はもとより、人の道についても薫陶を受けながら、我が子は捨て去って顧みない。ラーフラは父親がいなくてどのような子に育つのでしょうか。誰から財産を受け継ぐのでしょうか。』
ヤショーダラーは言うだけ言うと、次第に自分を取り戻してきたようであった。
『今になれば分かります。あなたは、マガダの都のラージャガハ(漢訳・王舎城)に行くコーサラの商人をよく招いて、話を聞いておりました。慎重に考え抜くあなたが、ただで食べられるからといって出家するのではないことは分かります。コーサラのサーヴァッティーよりもマガダのラージャガハのほうがバラモンの力が弱く、自由に行動できる、というようなことも商人が囁いたのでしょう。』
ヤショーダラーは、ふっと微笑むと、包むようにわたくしを見た。わたくしが16の時ヤショーダラーはわたくしのところへ来たのだが、こんな、母のような、大人びた甘い風情をわたくしに見せたことはなかったような気がする。
『わたしはあなたに罵られたことも叩かれたこともありません。わたしはラーフラを身籠った時は、はっきり分かったのですよ。わたしはあなたの女ですから。お望みなら、あなたの奴隷のように、あなたの母になることも出来るのですよ。これからわたしの部屋へまいりましょう。ラーフラは眠っております。あなたはわたしのものですよ……。あなたはわたしのものですよ……。』」