奥会津の人魚姫
(2)
「お前が見た通りに、世間的には後ろ指を指されるようなことかもしれないが……」
そこで千景は、感慨深げにぼんやりと虚空を見つめた。
「二人の娘が高校を卒業した直後に、俺は乙音と一緒になることを選択した。これまで父親と娘という関係だった俺と乙音だが、実は俺たちにとってそれが自然な形だった。
10年間ずっと一緒にいて、なんとか生きていく必要もあり、普通の親子よりも精神的に強く繋がっていたからな。こんな俺だったが、乙音は喜んで俺のすべてを受け入れてくれた。そして汐里の事故は、その半年後に起きた。俺と乙音二人にとって、いわば幸せな生活が始まった矢先の出来事だ。
乙音の話によると、奔放な汐里は、睡眠薬を飲んで湯船で眠るのが癖になっていたらしい。客がいない時のここ、はなれの楕円風呂でそれをするのが気持ち良いのだと。危険だからやめてくれと乙音が言っても、汐里は聞いてくれなかったようだ。自分勝手な汐里らしい、自業自得な結末に俺には思えた」
そこまで語ると、千景はほうっと大きく息をつき、心配気に見守る鍛冶内を気にすることもなくさらに話を続けた。
「汐里が亡くなって、簡単な葬儀を終え、火葬場から汐里の遺骨を引き取って、空いた時間を持て余していた午後のことだ。あまりちゃんとした昼食を取っていなかった俺と乙音は、簡単な弁当を作って、めぶき屋から歩いて30分ほどの距離にある竜神湖のほとりにピクニックに行くことにした。汐里に対する後ろめたさもあり、遠出などは考えられないその時の環境の中で、竜神湖はロマンチックな余韻に浸りたい俺たちにとって、うってつけの場所に思えた」
そこで千景は、珍しく少し照れたような顔つきで言葉を継いだ。
「キラキラと湖面に反射する光の明滅を見つめながら、新しい命が宿ったと乙音は俺の耳元でささやいた。俺は長い時間をかけて、とうとう最愛の存在になった乙音という宝物を両腕でしっかり包み込みながら、その奇跡の言葉を聞いた。あの瞬間、俺は間違いなく世界一幸せな男だった。汐里には可哀想なことをしたが、これでよかったのだと心の底から思った」
鍛冶内は千景の言葉を、まるで自分が体験しているかのような高陽感とともに聞いた。