「ああ、おいしかった。ごちそうさまでした。お酒二本、得しちゃった」
女はアルコールで湿った口を手の甲で拭い、空になった缶を、カツン、とレジカウンターに置いた。頬がやや上気し、瞳はとろりと潤み、ホロ酔いとなっている。
「やっぱ昼間のお酒はきくね。でもおいしんだよなあ、昼ビール!」
一人で悦に入っている。
「もしかして嘘だろ、足が治んないって?」
どう見ても落ち込んでいる素振りではない。一杯食わされたらしい。「だったらお代払ってよ」
「ツケといて。お財布持ってくるの忘れちゃった」
軽々と言うなり、松葉杖を突き、彼女は立ち上がった。「さあて、また訓練、訓練。若いから骨の付きも早いって、先生が言ってた」
してやったり、みたいな顔をしている女に、不思議と腹は立たず、怪我が治ると分かり安心している自分がいた。彼女の怪我が治る頃、並んで歩けるわけでもないのに。コツコツと松葉杖を突き、店から出ていく女と入れ違いに、配達から品川さんが帰ってきた。
「今の、あんがいイイ女だったな?」
もともと細い目をいっそう細くニヤつかせ、品川さんがぼくに話し掛ける。「なんにも買っていかなかったみたいだけどな?」
ビール二本、タダでくれてしまったことは、当然品川さんには内緒だ。
当時ぼくには付き合っている女子がいた。舞浜あやこといった。中学の時の同級生で、その頃には何もなかったが、卒業後十年以上もして再会した。偶然合コンのメンバーに含まれていたのだ。
「舞浜って、あれ、もしかして同級生?」
「エー? もしかして曙クン? マジぃ?」
こんな感じで盛り上がってしまい、何度かのデートののち、付き合い出した。
ぼくの周りには、同級生同士で結婚したカップルが何組かいる。ほとんどが人づてに聞いた話だが、皆うまくいっているとのことだった。あやこと付き合う前、なぜ同級生がそんなにいいのか考えたことがある。
まだ無邪気だった子供時代を共有しているということが、見知らぬ地で同郷人に会った時のように、強い結び付きを生むのだろうか。アイデンティティー、経験の根っこ、分かり合えるものの豊富さ、そういったものが感動や癒しや安心感を生むのかもしれない。
あやこと付き合っても、どういうことかぼくにはそういう現象は起こらなかった。過去の共有はいっこうに共感や安心感を作り得ず、ただ付き合っているだけという気がした。もちろんあやこには中学生の頃の面影が今もありありと残っている。眉は鋭くなったが、丸っこい鼻や笑顔は昔のまま無邪気だ。でも、それは何ほどのものでもなかった。