三 シャチの来襲とお父ちゃんの死
一週間後、デビルは姿を現した。
「お父ちゃんの大きな身体を食べていたから、一週間現れなかったのだな」
そう思うと、お兄ちゃんは怒りと悔しさで胸がいっぱいになった。
お兄ちゃんはお父ちゃんを尊敬していた。ただ強いだけでなく、お父ちゃんは優しかった。群れの仲間に対する思いやりと、家族に対する慈しみの心とを、お兄ちゃんは感じていた。お父ちゃんのようなオトナのマッコウクジラになりたいといつも思っていた。それだけに、お父ちゃんを殺したデビルに対する憎しみの心は大きかった。
「お父ちゃんの仇だ、覚悟しろ!」
お母ちゃんとお兄ちゃんはデビルに向かって戦いを挑んだ。ハナコは遠くからハラハラしながら見ていた。もちろん肉眼では見えないので、超音波を使って、はね返ってくる音を聞いて様子を探っているのだ。足も含めると体長七十メートルのデビルに対し、体長十二メートルのお母ちゃんと十メートルのお兄ちゃんはいかにも小さい。しかし二頭は心をひとつに合わせて必死に戦った。
お母ちゃんの身体がデビルの足に巻かれそうになると、お兄ちゃんが超音波攻撃をかけたり、体当たりをかけたりする。たまらずお母ちゃんの身体を放したデビルは今度はお兄ちゃんの身体に巻きつく。すると今度は、お母ちゃんがデビルに超音波攻撃をかけたり、体当たりをしたりして、お兄ちゃんを助けるのだ。
こうしてお母ちゃんとお兄ちゃんは互いに助け合いながら戦った。ハナコも、
「頑張れ、お母ちゃん! 頑張れ、お兄ちゃん!」
と声援を送った。いつの間にかハナコの傍らには長老が来て、
「大丈夫じゃ、ハナコ。お母ちゃんとお兄ちゃんはきっと勝つとも」
と言って、ハナコを勇気づけた。
その長老の耳は、かすかな船のエンジンの音を聞き逃さなかった。船は一隻ではなかった。五、六隻いるようだ。それは密漁船の一団だった。商業捕鯨が禁止され、マッコウクジラが人間に獲られることがなくなっても、マッコウクジラの肉と脳油を狙って密漁する悪い人間は後を絶たないのだ。
どうやら、悪い人間達の密漁捕鯨船団が、ハナコ達の群れを狙ってきたようだ。
「いかん、ハナコ。逃げるんじゃ」
「でも、お母ちゃんとお兄ちゃんが……」