「この声、あのお姉さんだ」
「ああ、緊急時のアナウンスだ。すぐに動き始めるはずだ」
仲山は、娘の気持ちを落ち着かせようと頭を撫でる。その時、ティラララーンという場違いに愉快な音楽が流れ始めた。仲山が腕時計に目をやると、ちょうど正午であることがわかった。つまり、時計台の人形達が動き始めたのだ。
「ほら、凛見てみろ、あれがさっき言った人形劇だよ」
不安げな凛の視線が地上に向かう。そのタイミングで時計台から人形が出てきて動き出す。始まった人形劇は、姫に恋をした小人が宝を見つけ、お姫様にその宝を見せるというものだ。
劇の間、仲山は見える範囲で他のゴンドラの様子を窺う。人形の動く光景を見て、それぞれが和やかな雰囲気を取り戻しているようだった。仲山が些少にも肩を下した時、もう一度アナウンスを知らせる音が鳴った。つまり、再度ゴンドラ内に一斉放送が流れたのだ。
『やあ、ごきげんよう』
おかしい、と仲山は思った。先ほど滝口という女性係員がトラブルをアナウンスした場所から、こんなにこやかな声が流れてくるのは変な話だ。しかも、ボイスチェンジャーを使っているような奇妙な声で。
『はじめまして、諸君。私の名前は“小人”だ。今上演された人形劇に出てきた、醜く小さな“小人”だよ』
「こびとさん、しゃべるの?」
凛が首を傾げるが、ゴンドラ内の声はスピーカーの向こうには届かない仕組みになっている。
『さて、時は正午を過ぎた。君らにはこれから時計の針になってもらう』
仲山含め、ゴンドラに乗った人々は口をぽかんと開けたまま耳を傾ける。
『そこからの景色はさぞいい眺めだろう? それに、時計台の喜劇もよく見えたはずだ。楽しんでくれたかな? ……しかし本当の喜劇はこれからだ。もうじきドリームアイからの通信を遮断する。ま、つまり携帯電話が使えなくなるということだ』
これはサービスだよ、と『小人』を名乗った人物が告げる。
『家族へ言い残すことがあるなら早めに済ませるんだな』
冷たく響く声。それはコンピューターや機械で作られた人工的な音だ。性別はおろか年齢の把握もできそうもない。口調は男性だが、と仲山は頭の中で分析を始める。続いて周囲を見渡すと、どのゴンドラにもこのおかしな声が流れていることが、人々の様子から見えてきた。
『今宵はクリスマスイヴ、何が起きようとも人は幸せに溢れ夢を語る。それは君らも同じことだ。……さあ始めよう』
なぜか楽しげな音楽が流れ、その直後、上の方からゴンドラの金具が揺れる音が響いた。ここより上にあるゴンドラは一つしかない。中年夫婦が乗っていたはずだ、と仲山は思い出す。
「まさか、やめろ!」
仲山はスピーカーに向けて叫んだ。