玄関の鍵が開いたままだった。ぼくが中に入ると、ちょうどアメリカ兵達がドヤドヤと家の中から玄関に出てくるところだった。みんな靴を履いたままだった。日本人らしい男も靴を履いていた。母が一番後ろからその人達を送って出てきた。

間近で見るとアメリカ人はすごく大きく見え、手の甲に金色の毛が生えていた。玄関にぼくが立っているのを見ると兵隊の一人がとても人なつっこい顔で笑ってガムの箱をポケットから出して、ぼくの方に差し出した。ぼくは咄嗟に顔がこわばってくるのが自分でわかった。ぼくは自分の腕を力いっぱい背中に回した。

「あげると言っているのですよ」

日本人の男が脇から言った。ぼくはむきになって首を左右に振った。

「いただいておきなさい」

母が言った。ぼくは仕方なしにガムを受け取った。しかしこの人達は何をしに家に来たのだろう。その疑問はすぐに解けた。

「ところで……」

その日本人の男が急に改まった口調で母の方に向きなおったからだ。なんだかわからないけれど、大変な話が始まるのだという予感がぼくの中を走った。

「実はお宅を拝見させていただいたわけはですね……」

その男は日本人なのにわざと変なアクセントをつけた日本語で言った。

「知っておいでのようにこのP市はすでに進駐軍の軍人、軍属、その家族が駐留しています。日本は占領されているんですから当然です。今のところ青葉町にキャニオンハイツ、橋本町にリバティーハイツを準備中ですが、その他に高級将校の私邸が少し必要なのです。家族の方々を本国から呼び寄せるので、ハイツの中だけでは無理なのですよ。そこで民間の住宅の借り上げを行っているわけなんです」

日本人の男は、一目でアメリカ煙草とわかる鮮やかな模様の箱から一本抜いて火をつけた。

「ところが、民間の住宅といっても殆ど焼けてしまっているし、いくら立派でも畳ばかりの田舎造りじゃ困るし、となるとなかなかないものなんですよ。それで毎日こうして探して歩いているんですよ」

母の顔が蒼白になるのがはっきりとわかった。

「この家は洋風にできているし、大変結構な設計です」

男は楽しむような物の言い方をした。

「そうしますと、接収されてしまうのですか」

「いや、接収というのではなく借り上げるのです」

「接収と借り上げとどう違うのですか」

「つまり使用権は移りますが、所有権はお宅に残っているわけです」

「いつまでお貸しすれば良いのでしょうか」

ぼくには男が少し笑ったように思えた。