まずい、英良は直感的に自分とは相容れないモノを感じた。顔のすぐ前に何かが近づいてきた。目を開けたら何が見えるのだろうか? そもそも目が開かない。脳の痺れが身体全体に広がり目も開けられない、自分の部屋の4Kの液晶テレビ、ミニコンポ、花瓶に刺したガーベラの花、壁に飾った賞状……小学生の時に受けた絵画の金賞のもの。それらは全て部屋にあるのか、英良の意識は現実の世界から剥がされていく。
英良は恐怖から念仏を唱えた。南無妙法蓮華経……、身体がベッドに押しつけられ何かの力で拘束されてきた。英良は何者かに両足首を捕まれそのまま真っ直ぐ天井へ伸びていくのを感じた。英良の肉体はベッドに寝ていたが、何者かに捕まれて幽体は肉体と離脱していった。確かに両足はベッドに横になっている、奇妙な感じだった。
その後、英良は意識が急に薄れていき大きな筒状の中にいるのを感じた。英良はその中を急激な勢いで上昇していき、意識が薄らぎその後のことは覚えていない。気が付いた時英良は遙か上空にいた。真っ暗で眼下はガラス職人が作った華やかなガラス工芸品が光をちりばめたように夜景が広がっていた。身体は不安定で揺れている。
いつの間にか英良は鉄筋コンクリート造の近代的な建物の中にいた。明るい照明の利いた廊下の上を飛んでいた。前方には白衣を着て、茶色のミリタリーズックを履き何かの書類を挟んだバインダーを持って歩いている二人の男性を見た。
一人は背が高く髪はオールバックヘアーで白髪が目立っていた。もう一人は背が低いものの肩幅が広く真四角のような体格をした若い男性だ。背の低い方は真っ直ぐ前を見て背の高い男の言葉を聞いていないように感じ、傍から見ていると仲が悪いようにも見える。二人とも東洋人で何を会話しているのかは分からず、英良の存在には気が付かずに歩いて行った。
背の高い男は忙しなく歩き横を見たりしながら何かをしきりに話している。背の低い男の視線は真っ直ぐで背の高い男の方を見ていない。彼らは廊下の突き当たりを右に曲がり、十メートルほど進み突き当たりを左に行くと階段があり、十段ほど降り左に下っていくと大きな実験室に入っていった。