秋
「のう…ちちろ虫 ちちろ虫 文待つ頃よ…」
とつぶやけば何が恥かしいのかコスモスは赫あくなってうなだれる――。
すごーくテレくさいです。もう我慢が、できない程恥ずかしいです。きっと、「恋なるもの」に、あこがれたのでしょうね。コスモスよりも私の方が赫ぁくなって、うなだれてしまいます。ちちろ虫ってコオロギのことです。
九月二十七日
コスモスは見上げるさにユラユラと茂って自称マルキストが(無論十六才の独り善がりに過ぎません) 独り秘かにオママゴトをするには正に格好の所です。
ゴザの上に“お導具”を一つ一つ取り出す時の心のときめき…掌程のテーブルは赤地に黄花
梅の実くらいの急須もある、直径四センチのフライパンが黒く焦げてるのは、去年うどん粉を捏ねて焼いたから…
人声! 飛び上ってふりむくとマルガリータ様が祈本を手に微笑んでいらっしゃいました。
そして、あれあれと見る間に木沓を脱いで、
「こんにちわ おじゃまします」とゴザの上にあがり込んでしまいました。
恥かしさに耳がじいんと鳴って、無意識に袖口のほころびを引っ張っていると「ごはんまだ? お母さん、わたしお腹ぺこぺこですよ」…
見るとマルガリータ様は私のお人形を膝に抱いて頬を染め、目を輝やかせて、とてもとても幸せそうに見えました。
葉をきざみ花弁を並べている間 マルガリータ様はからだを揺らし、人形の背を撫でて寝かしつけながらこんな歌を口ずさんでおいでです。
「障子ほとほと降り来る音は公孫樹散るかや はたまた楓
何や かにやら降る夜さは
千代紙かぞえて 姉様作くろ
島田崩しか 桃割れか
障子 止みもせで ほとりほとりよ。
諸手を添えて舞わせてみれば
灯影嬉しや だらりの帯よ
模様は松に こぼれ梅
障子開くれば
あれ、月しぐれ 月しぐれ」
テーブルの上には見るもあざやかな“五目ずし”が出来上りました。
私は学校にも、あまり行かれずに独りで過す日が多かったせいか、何才になっても、お人形や、オママゴト遊びが大好きで、動物たちと、仲良しです。80代の今は、自分で作った犬のような猫のような子に、シロチャンと名をつけて、一緒に寝ています。
あの日、マルガリータ様が、私とオママゴト遊びをして下さって、驚いたり、感激したりでした。きっと、なつかしいお気持だったのね。ゲタと木沓が仲良く、ぬいでありますね。