小説 『曽我兄弟より熱を込めて』 【最終回】 坂口 螢火 用意した死に装束を、我が子に着せる。まだこんなに小さいのに、斬首だなんて…私が身代わりになって死にたい! 青天の霹靂とは、まさにこのこと。聞いた母の驚きは尋常のものではない。「エ――エッ! 何と、何とおっしゃいます!」声さえ別人のごとく裏返って、「厭です! 厭です! 渡しません、断じて……」絶望的な悲鳴を上げ、曽我太郎に取りすがって泣きわめいた。その母の絶叫に驚いて、一萬と箱王が「母上! いかがなさいました」と座敷に駆け込んでくる。「オオ――一萬、箱王」母は無我夢中で二人を左右にかき抱くと、黒髪を振…
小説 『人生を失い、それでも女は這い上がれるか』 【新連載】 杉山 成子 また朝帰りで、スーツのままソファで寝ていた夫。酒臭いまま起きてきて「パパの分ある? …ないよな。カップ麺でも食うか」と… 潮の香りがする。海沿いに建つ千里浜病院。正式名称を「国立病院機構 千里浜医療センター」という。アルコール依存症専門病院として老舗的存在だ。「千里浜に入ったらおしまいだな」。人生を失った者たちの巣窟である。二〇〇四年秋、恵子はこの病院の入り口に立った。夫の浩に連れてこられたのである。酒でむくんだ顔、頼りない足どり。終着点なのか、出発点なのか。恵子はもうここしか来るところがなかった。浩に腕をつかまれ…