「コンピューターのシステムは日々進化するが、人の心を動かすのは常に誠意だよ。ところで、大学での講演会の話、受けてくれるよな?」
圭が呆れた顔で返事をする。
「わかったよ。ただ、俺はとても忙しいから、講演の日は俺のマンションまで迎えに来て、おまえの車で大学病院まで俺を運んでくれよ」
加藤は圭が講演を承諾してくれるのを聞き、喜んで帰っていった。今日は圭が大学病院で講演する日だ。その日、加藤は圭の住むマンションの前まで車で迎えにやってくる。そこに圭がボタンダウンのシャツにレジメンタルタイをして、スーツ姿で出てくる。二人は海から少し離れた内陸の丘陵地帯にある大学病院に向かう。加藤が運転する車の中で、講演のブリーフィングが始まる。
「圭、講演を始める前、最初に高木教授の方から、おまえの紹介をしてもらうことになっている。その後、おまえの得意分野の最新のAIテクノロジーと、ビッグデータの活用法について自由に話をしてくれ。講演時間は一時間半だ。休憩の十五分を挟んで、その後は質問形式のフリーディスカッションになる。講演の後の昼食は、高木教授と大学の特別室でとることになっているから、そちらの方もよろしく頼むぜ」
そこで圭が昼食会の参加者を確認する。
「講演会の段取りはよくわかった。講演の後の昼食には、高木教授の他に誰が来ることになっているか、事前に教えておいてくれよ」
加藤が車を運転しながら昼食会のメンバーを伝える。
「当然俺は同席するが、高木教授は他に数人の教授連中を連れてくると思うよ」
圭が参加者の興味について尋ねる。
「ところで講演会場に集まってくる医師達は、どんな話に興味を持っているんだ?」
加藤が素っ気なく言う。
「おまえが今研究している話をそのまましてくれたらいいよ。医学界は自分達の殻の中に閉じこもった特殊な世界だ。外の話に触れる機会が少ない。おまえが最近始めたグローバルプロジェクトでの苦労話も、教授達にとっては別世界の話で興味を引くと思うよ。まあ、何でもいいから会場に集まった医師達の顔を見て、適当に話を進めてくれ」
加藤が話を続ける。
「あー、そうだ。もう一つ大事な話を忘れていた。高木教授には一人娘がいて、同じ大学で研究医をしている。大変な才媛で、医学部も主席で卒業だ。ただ、子供の頃に母親が亡くなって、中学校時代にはかなり荒れていたと聞いているよ」
圭が怪訝な顔をする。