浜村さんはよくぞ聞いてくれたとばかりに強く頷いて、
「話が長くなりそうですね。もしよろしければ、あちらに座って話しませんか」
展示室の隣は、テーブルと椅子が数組ずつ置かれた談話室になっています。いささか座り心地の悪いその談話コーナーの椅子に私は腰を下ろしました。
「何か飲まれますか?」
「例の女性を見た店でコーヒーを飲んできたばかりなので、私は結構です」
「そうでしたね、じゃあ私だけ。自販機だけ置いて勝手に飲んでもらうことにしているのです、人なんか雇えないので」
浜村さんが自動販売機にコインを投入すると、冷たいお茶のペットボトルが音を立てて落ちてきました。
「まず私が注目しているのが、この詩の作者です。この第七節に収められている他のすべての作品に作者名が明記されています。しかし、この《聖月夜》だけは作者の名前がない」
「なるほど、そうですね。小説、エッセイ、俳句、短歌とジャンルはいろいろですが、必ず題名の次の行の下の方に書いた人の名前があります。どの作品にも」
第七節の文集をぱらぱらとめくりながら、私は浜村さんの言ったことを確かめました。
「なぜこの作者だけ名前を書いていないのか」
浜村さんは長年の疑問を繰り返すように、じっと虚空を見つめました。