「あなたが喫茶店で見た謎の女性の話で、ふとこの詩を思い出しました。なぜかはわかりませんが。この《聖月夜》という自由詩が、私はなぜかとても気になっているのです」
「何年前の同人誌ですか? 第七節というナンバリングは発行年数を表しているのでしょうか?」
「今から四十年前に刊行していまして、今年発行の分が第四十節になります。第七節はちょうど三十三年前のものになりますね」
「三十三年前というとまだ昭和ですね。西暦では一九八五年になりますか」
昭和六十一年生まれの私が生まれる一年前の文集ということになるな、と私は思いました。
「はい、昭和六十年発行分です。実は私も一時期この同人誌に参加していたのです。私が初めて十六夜の会の同人誌に投稿したのは、役場を定年退職した二十二年前、第十八節からですから」
「ほう」
「退職して時間ができたのと、知り合いがメンバーだったこともあって、暇つぶしに始めてみたのです。最初に投稿した俳句なんて目も当てられないものでしたが、続けるうちに仲間からのアドバイスをもらったりして徐々にいいものが作れるようになり、やり甲斐も生まれました。不定期に開かれる講評会も楽しみになってきましてね」
浜村さんは当時を懐かしむように目を細めました。
「で、私が参加する以前の十六夜の会も少しずつ読むようになりました。この月ノ石に住む人たちが書いたものにどんな作品があるのか興味が出てきたのです」
「そして、この《聖月夜》を見つけたのですね」
「ええ。初めて読んだ時から変わった詩だと思っていました。松林での一人の少女との邂逅を描いた短いこの詩を」
「こう言ってはなんですが」
私は浜村さんの話の区切りを見計らって口を挟みました。
「この詩に何か特筆すべき点がありますか? 先ほどもっとも注目しているとおっしゃいましたが、私にはどこと言って特徴のない平凡な抒情詩に思えますが」