店の暖色のライトに照らされ花とともに暖かな良い気持ちでいると、水色と青紫の花束をラッピングし終えた女性が戻ってきた。

「今日は七夕なのでブルースターと呼ばれるオキシペタラムにエリンジウムを併せてみました。どちらも私の大好きな花です。このブルースターは花の色が変化していきますのでそれをお楽しみください」とそっと花束を差し出された。

女性の手元と花以外に視線を合わせないように受け取り料金を支払うと、「ありがとうございました」と女性から笑みが(こぼ)れるのをはっきりと心で感じた。忘れかけていた彼女と同じ懐かしい笑顔を大切に受け取り大事にしまい、女性の熱い視線を背中に感じながら急いで外に向かう。

その時ふいに思い出す父親の言葉、「なぜか花屋さんで働いている女性は美人で心優しい人が多いんだよ。もしかしたら運命の相手もそういう所にいるのかもしれないな」と予言めいたことを口にしていたのを。

店先に置かれた笹飾りにたなびく色とりどりの短冊には【再会できますように】、【運命の人に逢えますように】、【必ず出逢いますように】という大切な言の葉が(しる)されていたことに気づくこともなく彼はその前をさっと通り過ぎてしまった。

外に出てほっとした僕はため息をつき、久しぶりに天上界に目を向けた。気を利かせた月が姿を隠した(ほし)月夜(づきよ)に万葉集の人麻呂歌集にある有名な歌を思い浮かべる。

『天の海に雲の波立ち月の船 星の林に漕ぎ隠る見ゆ』

まさに、澄み渡る天の海には星の林が広がりひしめき合っている。東の空、北寄りの高い所に『織姫星』とその右下方に『彦星』があり、相手に向かい瞬きを繰り返している。

織姫星の別名は『こと座のベガ』で彦星は『わし座のアルタイル』のはず。その織姫星と彦星の他にもう一つ、目立って明るい星が左の方に輝いている。確か『デネブというはくちょう座の星』。この一等星の三つの星を結んで作る大きな三角形が『夏の大三角』と習ったのを思い出す。

デネブから夏の大三角を通り織姫星と彦星の間には万葉集で柿本人麻呂が詠んだ()()し川が綺麗に光輝き、さらさらと流れている。それは普段渡ることのできない天の川。

今日だけ、織姫星と彦星の恋人同士が一年ぶりの再会を許された星合の空。その織姫星と彦星に向かい、「良かったね。催涙(さいるい)()じゃなくて、これなら再会できるね」と彼から零れる心優しい言の葉。

いつもより輝きを増した天空の二星の間には百人一首で大伴家持が『かささぎのわたせる橋におく霜の 白きを見れば夜ぞふけにける』と詠んだ鵲の橋が架けられていた。