「この後、家に来ない?」
このまえ七美ちゃんが話してた映画、レンタルが始まってたんだ。
「よかったら一緒に観たいなあと思って」
付き合って三ヶ月も経つ頃にはすっかり彼の敬語は解けていて、呼び方も名字から名前に変更されていた。それでも業務中は丁寧な言葉遣いで私と接していたおかげか、私と彼の関係を察している人はいないようだった。私は年齢差を考慮して彼の呼び名は変えなかったが、口調は砕けたものにしていた。
日曜日の夕方は街全体が混み合っていて、三軒目でやっと席を確保できたカフェの禁煙エリアはまるでパズルのごとく人が敷き詰められており、そのわずかな隙間を縫うように店員が動き回っていた。喫煙席でも大丈夫だよ、という私の台詞は前にふたりで出かけたときに却下されていた。
田所さん自身は愛煙家でこそないものの、家族や友人の影響で喫煙に抵抗はないようだったが、七美ちゃんいつも綺麗な洋服着ているから、という彼の愛ある一言により、私は為す術もなく禁煙席に押し込められた。こうして、喫煙者であることを告白する機会と気力は完全に消え失せてしまった。
「いいの? じゃあそうしよっか」
交際関係にある男女が、どの時期でどの段階に進むのか私にはわからない。きっと正しい結果もない。しかし私たちに起こり得る未来は大体見当が付いていて、その証拠と言わんばかりに田所さんの目はありふれた欲求と期待感を表していた。
これは執拗に隠すべきことでもないのだろう。私は雲を掴むような感覚で返事をし、彼から受ける空気を消化した。
田所さんの部屋はイメージ通りに整頓された場所だった。そのせいか、シンクに置かれた使用済みのマグカップが醸し出す生活の香りはとても強いものだった。
映画館で鑑賞済みのその作品は、記憶していたよりも退屈なものだった。半年前に劇場を出たときはディスクの購入さえ検討していたのに。人間の脳はいつだっていい加減で不可解だ。対して彼は最後までテレビ画面から視線を外すことはなかった。エンドロールが始まった頃に久しぶりに目を合わせると、どちらからともなく唇を重ねた。