意識さえすればいま、この瞬間から自分を好きになることができる。そして、これが自分にもたらす恩恵となるとはかり知れない。もちろん、この恩恵を当てにするのではなく、あくまでそうした下心がない善意であることは言うまでもない。これを陰徳と言うらしい。

「善い行い」と言ってもそんなに大それたことではない。小さいことからでも意識してできるものだ。例えば道を譲るだとか、ものが落ちていたら拾って警察に届けるとか、友人と行った飲み屋で誰かのグラスが空いていればすかさず注いであげたり、“そんなこと”で良いのだ。

さらにこれらの動作に笑顔を付けてみる。はじめはその笑顔も様にならず、偽善者と思われるかもしれない。しかし数ヵ月も続けていれば、必ずそれが様になってきて、やがてそれこそがその人の人格となる。

聞けば当たり前のことだが、こういった小さくてもできる善い行いを自分はどこまで継続してやれているだろうか? 意識するだけでそれは、1日の中でも数多くあるはずだ。そしてそれは思いやりの心となり、先に挙げた人間力の中でも感謝の心に引き継がれていくのだろう。