「中々難しい事件ですよ。のんびりしている暇はないけど、焦っても何かが分かるわけでもない……」
「カシマレイコについて調べてる?」
「カシマレイコが失踪事件に絡んでるっていうんで、人面犬に情報収集を頼んだんです。仁さん、何か知ってるんですか?」
「いや、私が直接何かを知ってるわけじゃない。ただ、店にくる妖怪たちが、チラっとそんな話をしてたよ」
「噂の域を越える話を?」
「残念ながら、そこまではないけど、カシマレイコについて、思い出したことがある」
「思い出したこと?」
「なんだよ仁さん、知ってるならもっと早く……」
人面犬が、拗ねたように言う。
「二人の会話を聞いてたら思い出したんだよ。20年ぐらい前かな……私はまだこの店をやってなくて、裏社会の人間だった。仕事柄、いろいろな場所に行くことがあって、場合によっては、少しの間、自分の家とは違う場所に滞在することもあってね。ある日、仕事で敦賀上町のあたりに行ったとき、カシマレイコって名前を聞いたんだ。
近所に住んでるカシマって女は、人間じゃなくて妖怪らしいとか。そういう噂をしているのをね。普通なら、妖怪なんているわけないってなるんだろうけど、私自身が半妖だからね(笑) 人間の社会に溶け込んで生きている妖怪の一人かと思ったし、そのころすでに、都市伝説としてのカシマレイコの話はあった。
だから、都市伝説から妖怪化した、元幽霊かとも思ったんだけど、妖怪としてのカシマレイコという名は、聞いたことがなかったし、自分の仕事もあったから、特に詮索はしなかった。人間として生活するために、その名前を使っていたんだとして……それほど珍しい名前でもないし、同姓同名ってこともあるかもしれないけど、なんとなく気になるね、今思うと……」
「敦賀上町か……よし、俺はそのあたりを調べてみよう。人面犬、おまえは、カシマレイコについて、もっとよく調べてくれ。仁さんが聞いたっていう、20年前の話も含めて」
「わかった。仁さんが聞いた話が、聞き違いや、嫌がらせの類の噂じゃないなら、カシマレイコって妖怪は存在する可能性が出てきたな。でも、妖怪としての名前は別にあるのかもしれねぇ……本当の名前が分かれば、どんな妖怪なのかも分かるかもしれねぇな……」
「お役に立てたみたいだね」
「そりゃもう。ありがとうございます、仁さん。それに引き換え人面犬ときたら……」
「うるせぇぞ伏見! まってろ。カシマレイコが何者なのか、きっちり調べてやる」
「ああ、頼りにしてるよ」