佐々と出会ったのは、生温かいゼリー状の液体に心が包まれるような夜だった。
私たちはお互い疑い合い、本心を語らなかった。これ以上傷つくのを恐れていたのだ。しかし、奥深い意識の中で求め合っていることも知っていた。私たちはなるべく一緒にいようと心がけた。そうしていないと忘れてしまうからだ。シーツを洗っている時、台所でグレープフルーツの皮をむいている時、佐々とはもう二度と会えないかもしれないと思う。現実ではなかったのかもしれないと。
お互いの存在を確かめ合うことが必要だった。私は佐々が好きな歌や映画を聴いたり観たりし、佐々は私の好きな小説を読むことで、相手の体の中に溶け込み脳内でともに寄り添うことができた。私たちは自分の体が機能しなくなるまで一緒にいるものだと思っていた。
しかし佐々は違った。
佐々は来に心惹かれていった。来は私たちがよく行くサロンの受付にいた。陶器のような肌と漆黒の瞳は冷たい印象を与えていたが、優しく透き通る声はそれらをカバーしていた。私は錠剤を佐々はカプセルを受け取る。軽く挨拶を交わす程度だと思っていたのに、来と佐々はいつの間にか親密になっていた。私は気がつかなかったのだろうか? いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。
佐々との関係は途絶え始めていた。
朝は何事もなかったように訪ねてくる。この太陽でさえ真実かどうかもわからない。しかし、物事は全部が嘘で全部が真実なのだ。正解は自分に委ねられている。私は重たい頭と体を無理やりカウチから引き剥がす。薄い光がシャッターからもれ、埃がゆらゆらと踊っていた。
睡眠時間四時間。
佐々は眠ることができたのだろうか?
フィルターをセットし、粉を二杯スプーンですくい取って入れる。
サロンで細胞の永久保存を選択肢として勧められた。
私の脳はいずれ正常に機能しなくなる。
佐々のことも忘れてしまうかもしれない。
しかし私は迷うことなく断った。
お湯を注ぎ入れる。蒸らす。注ぎ入れる。注ぎ入れる。
水の質によって、温度によって、豆の種類によって、時間によって、コーヒーの味は変わる。私はそれを味わっていこうと思う。
これが私の生き方なのだ。
熱いコーヒーを一口飲み、パソコンを開く。
おはよう
よく眠れましたか?
昨日久しぶりに薫香の茘枝酒を飲みました
やっぱり格別でした
今度時間が合ったら食事しましょう
気が向いたら連絡ください
送信。
私たちは別れたのだろう。返信は来ないと知っていて送る数々のメールは、どこかで期待している自分がいることとしての行為だ。手軽さは場合によっては心を病む。