教室にこもっていた食べ物の匂いと束の間のざわめきが消えて、憂鬱な午後の始まりを知らせるベルが鳴って苛立ちが戻ってきた。机の上をわざと乱暴にたたく奴。友達にいたずらを仕掛ける奴。怒る奴。ため息。咳払い。意味のない雄叫び。
教室の窓は大きく開けられていてカーテンが外からの風を受けて大きく揺れていた。窓際の席の女子生徒が窓を閉めたらカーテンはシュンと静かに収まった。そんな動きを何気なく見ていたら急に大きな笑い声が聞こえた。黒板の前を陣取って、アキラを中心にその仲間たちは学校で禁止されているスマホの動画を見ているらしい
純太は急に腹が差し込むような痛みを感じた。キュルキュルと微妙な痛みが腹に来た。
トイレにはなるべく行かないようにしている。それは絶えずアキラたちからの不意打ちを避ける為の用心に他ならない。うっかり便器に向かって用をたしていると、急に膝カックンをされたりする。ひどい時には羽交い絞めにあい、ズボンごと下着を下ろされる。
でも今日はお腹の調子が良くない。今朝飲んだ牛乳のせいなのかもしれない。脇汗も感じた。
今ならアキラたちは動画に夢中になっている。あまり急がず、さりげなく、彼らの視線から逃れるようにトイレに行けるチャンスだったのに、急に周りががやがやと騒ぎ出した。
「やべえぞ、二年生のクラスで何かあったみたいだ」
「何かって? なになに」
二年の階はこの上の階でクラスの何人かは様子を探りに行っていた。
「誰かが刺されたらしい」
と、ショッキングなニュースを仕入れてきた生徒の周りに皆が集まって話を聞きたがった。
「え、やだー」
「嘘だろ」
「喧嘩だって」
戻ってきた生徒たちの曖昧だが断定的な言葉が飛び交った。
「体操の山下先生とか学年主任とか、三人くらいの先生がいたぞ」
教師たちの存在がその喧嘩騒ぎをリアルに感じさせた。
アキラたちは携帯をポケットに隠すと教室を出ていったが、直ぐに見回りの教師に促されて戻ってきた。
純太は腹の痛みが治まったが念の為トイレに向かった。今なら誰も純太の動きなど気にするものはなかった。