そう考えた時、突然純平は突拍子もない思いつきに打たれた。
―本当は相国寺、今日、あの車にぶつけられるはずやなかったんか。実はあいつがこの事故の被害者やったんやないのか。今日は八月十六日。あの日から三ヶ月ちょっと経ったとこやな。倉元のおっちゃんは、『三ヶ月から半年、寿命が縮む』と言うてた。普通は、三ヶ月から半年分の生命力が損なわれる、老化が進む、いうふうに考えるとこや。
―そやけど、電池みたいに蓄えられたエネルギー容量が決まっているものならともかく、新陳代謝を繰り返してる生物が死ぬ時点から逆算して、一定期間分のエネルギーが取り戻せない状態になるっちゅう考え方がなんとも嘘っぽくて、俺らも真面目には追求せえへんかったんやないか。
―もっと思い切ってSFっぽく考えてみたらどうや。生物の個体が死ぬ時期はそれぞれ予め決まってて、あの薬はその決まってる余命を短縮するものやったとしたら。実は相国寺は今日事故で死ぬ運命で、そこから逆算してあの日に命が絶えたんやとしたら。それやったら、あの時あいつの体に死をもたらすほどの異常が見つからなかったのも、辻褄が合うやないか。
―あほな考えや、充分わかってる。そもそもあの薬の存在自体が科学的にあり得へん話やのに、この上さらにあほな話を上乗せしようっちゅうのか。いや、確かにそうなんやけど……。
「命」というのはいったいどういうものなのか。その夜の純平は答えようもない命題に囚われてしまい、院試に備えるために細胞学の教科書の文字を目で追っても、何も頭には入ってこなかった。
家に戻ってきた先祖の霊が今あるべき場所に帰るのを見送る、五山送り火の夜である。