「風がいい感じに強くなってきた。少し休んだから、これから沖でスラロームを楽しんでくるよ。千佳はここに座って待っていろ」
圭は砂浜に引き上げたボードをまた海に浮かべて飛び乗り、セールを操作する持ち手のブームを素早くつかむ。そこで体を大きく倒し、青に赤の縞の入ったセールに風を受け、海上を滑走し始める。
この時間、山からの風が沖に向かって強く吹き始め、波も高くなってくる。圭は沖に向かってボードを向けて滑走を始め、セールいっぱいに風を受け、高速でアッという間に進んでいく。
大きな波を越えていく瞬間、ボードと体が一体になり、波の上の空中高くにフワッと浮かぶ。
千佳が座っている砂浜からは、その様子がまるで空を飛んでいるかのようにも見える。
圭が一人で沖に滑走していく時、いつも一時間以上は戻ってこない。圭のボードは沖を目指し、千佳の視界から見る間に遠ざかっていった。
千佳は圭が沖から戻ってくるまで、近くにあるお洒落な二階建ての海の家に入っていくことにする。階段を上って海の家の中に入っていき、二階のテーブル席に座る。そこからは前方に広がる青い海と砂浜の様子が一望できる。
千佳は何げなく葉山マリーナ側にある河口の方に目をやる。そこの砂浜では日本人でない集団がひと塊になり、BBQをしているのが見える。最近そこには横須賀の米軍基地にいる兵士達が、休みの日に集まっているようだ。その米兵達はBBQをしながら、思い思いにビーチバレーやフリスビーをして遊んでいる。
その米兵達が集まっているところに、夏用のワンピースを着た日本人の女が現れる。そのサングラスをかけた女は米兵達と顔なじみなのか、何人かの男達の首に手を回して親しげにキスをしている。
千佳はその女を遠くから見てビックリした顔になり、「あの女、どこかで見たことがあるわ」とつぶやき、座ったばかりの席を立って二階から素早く下りていく。千佳はその女の様子を見るため、米兵達のいる河口に近い砂浜のところまで歩いていく。
米兵達がよく見えるところまで行き、少し離れたところからそのサングラスをしたワンピース姿の女を見る。その女は一週間前、ヨッサンの店の前の海で見かけたサーファーの女に感じがよく似ている。その時、なぜか見てはいけないものを見た気持ちになり、またお洒落な海の家まで急いで戻っていった。
千佳は海の家の二階席で圭が海から上がってくるのを待つが、なぜか胸のドキドキが止まらず、米兵達とその女がいた方向を見ることができない。注文したアイスクリームを食べながら、前に広がる青い海をぼんやりと見て、圭が海から上がってくるのを待つことにする。