(9)昨日海――知恵に目覚める海
「ここでは、ほかの海のできごとも、手にとるようにわかるんだ。父さんと仲間、とうとう人間の網にかかってしまった」
「きみだったのか! おじさんのムスコって! 死んじゃったって、おじさんとてもかなしんでいたけど、きみはまだ、ちゃんと生きてるじゃないか!」
「ぼくはここで、半分だけ生きている。きみはほんとに、ほんとにぐうぜん、この海にまぎれこんじゃったんだよ」
「そうか、波の下のほうにある遠い国ってここだったのか」
「ほんとはね、ここはまだきみなんかが来るようなところじゃない。とにかく一刻も早く帰るんだ、これはぼくからの命令だ」
おだやかなシンの目が一瞬キラリと光りました。
「ここにいると、じっとしていても、体のエネルギーがどんどん減っていく。今からとても大切なことを言うから、よく聞いていてくれよ。海は3つの世界に分かれている」
シンはエラブタを大きく開き、ひとつ深い呼吸をしてから続けます。
「きみやぼくらが、仲間といっしょに回遊していた海が、大空の下に広がる今日海。ぼくらが今いるこの海は、昨日海。今日海の真下にあるんだよ。さらに、昨日海から想像もつかないくらいずっと深いところに、神話の海がある。その神話の海だけど、信じられないかもしれないけどね、陸からすごく近い。なぜなら、昨日海の真下だから。ただ、ものすごく深いんだ」
「きょうかい? きのうかい? しんわのうみ!?」
シンはケンを急き立てながら、うす暗い海草の原っぱのはずれまで連れていきました。切り立った崖の根もとに、青くかげったしなやかな渦巻きが。その中心は、白く激しく泡立ちながら、引き絞られています。