視界の上には真っ直ぐにのびる架線、俯けば架線に並行して走る軌条(きじょう)、駆け抜ける電柱、ダメ出しを繰り返す踏切の赤信号、彼方から見つめる片割れ月、突然視界を遮るトンネル、あるはずの見えない川、窓ガラスを塗り潰す闇、どれもが自分を拒み残された空間に心の()り所はない。

彼女と過ごした楽しい時空間、遠くから追いかける彼女の姿、優しい彼女の声を聞き何気なく交わした会話、柔らかなまなざし、すれ違った時の爽やかな香り、隣にいる居心地の良さ、明日も会えるという安心感、幸せな毎日、華やかな色がこの世界から一瞬で消えてしまった。

遂げられなかった想い、一度も呼べなかった名前、失うまで気づかなかった存在感、行き場のない虚しさ、切なくやりきれない気持ち、ただそれらだけが心の底にいつまでも纏わりついて離れず、(はかな)いものがあるという現実を思い知らされた。

自分の心が彼女の名前を(つぶや)くと曲は終わり、その余韻に浸り瞼を閉じて扉に寄りかかったまま(こら)える涙。携帯をポケットに押し込むと電車は止まり静かに開いたドアからホームに降りて改札に向かい、また今日も同じように歩き始める。なんのあてもないのに……。

その時、暗い夜空にある北十字星を構成する二重星※3の普段暗いはずの青色の星が彼に向かって(またた)きを始めた。

それは宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』でアルビレオの観測所の(サフ)宝玉(ァイア)黄玉(トパーズ)として紹介された天の川の流れに沿って飛ぶはくちょう座のくちばし部分の三等星と五等星のアルビレオ・ベータ。天上の宝石と称えられる黄色のアルビレオAと青みがかったアルビレオBの美しい姿。

その青色の星の瞬きを待っていたフォーチュン(運命)の語源となったローマ神話に伝わる女神フォルトゥーナが手にする運命の車輪をゆっくりと回し始めたことでこの物語は静かに動き出してしまう。


※3 二重星は連星ともいわれ、接近して見える二つの星。