一九九九年 孝子@花筏
不可能な目標設定が課せられる。何度も、達成できない。大勢がいる中での罵声が心臓をえぐる。この叱責は陰口の何パーセントなんだろうと怯える。開き直れ、と孝子は自分で自分に命令する。陰口を聞かされるメンバーの全員が同意して上書き保存するわけじゃないよね? 一人くらいは内心、私に味方してくれるよね、たとえ口に出さなくても。
期待はずれってわかると、もっとへこむ……クヨクヨが滲み出て、全身を、何十時間も消耗させる。蝕む。人の責任を押し付けられる。為した貢献を横取りされる。二十代だけでなく三十代になっても変わらない。四十代になっても、五十代になってもこうなの? 無力さに苛まれる。
それでも孝子は待望の日々を迎えた。
「ねっ、これから二人でいろんなことしようよ」
孝一のクリアな声が桜の花びらと共に孝子の耳元に振り落ちる。
「孝子さんのしたいこと、一番目、何?」
花筏になった川面。その水面に手が届く小さな橋の上で、下流から上流に二人は向きを変えた。
「えっとね、孝一さんのバスケ部時代、見たかったな。だからいつかバスケやろう」
桜を見上げてシュートの真似をした。
「お、いいねぇ。やろうやろう」
橋を渡りきり、桜並木の下にびっしりと咲く雪柳の房に手を当て、ドリブルの真似をする。
「身長だけで誘われて入部したんだ。中学で経験ないのは僕だけって知らんかった。試合に出させてもらえたのは三年間で二回! でも、いいヤツばっかで楽しかった」
「孝一さんみたいな人はホントに誰からも好かれるのね」
選択肢があるのは私じゃなくてこの人だと孝子は心の奥底でため息をついた。自分に選択肢があるらしいとゆとりを持てた時期はいつの間にか終わっていた。あっという間に三十七歳になってしまった孝子には彼を生涯、独占する自信は初めて言葉を交わした瞬間からない。