「逆にゆかちゃんは好きじゃないの? 山」
「好き、とかではないかな。ずっと住んでる場所だから大事って気持ちはあるけど、好きかって言われると素直にイエスとは言えないよ」
「えー、いいじゃない山、緑で」
「色で選んでるの? だったら海もいいじゃん、青くて」
「確かに……でも青は空にもあるからねえ」
「そうだけどさ」
「緑と青のコントラストって綺麗じゃない?」
いいこと言った、とでもいうようにさよちゃんが顔を上げる。
「うーん、さよちゃん山は緑って言うけどさ、季節によってけっこう変わるよね? 春とか夏はさよちゃんが言ってるような緑色だけど、秋とか冬の山って茶色っぽいというか……なんだか全体的に黒いよ」
「そっか」
それも束の間、私の指摘に俯いてしまう。
「そうだね……じゃあ季節も追加しよう。死ぬなら春夏秋冬いつの、山か海どちらがいいか。私はやっぱり夏の山がいい!」
「ええ? こんな暑い時期にしかも山で死にたいなんて、二つの意味で自殺行為だよ」
「ゆかちゃん私より面白いこと言わないでよー」
今の言葉にどこか面白いことがあっただろうか?
思わず苦笑する私。さよちゃんは不機嫌で頬を膨らませている。
子供みたいに、感情のままころころと表情が変わる、彼女。こういうところは……これから先大人になって、社会に出ていろんな人や価値観と接することになっても変わらないでほしい。さよちゃんへの返事を考えるふりをして、そんな理不尽な願望を抱いていた。
「私は、冬の海がいいかな。できれば明け方」
「あっ時間まで指定するの、ずるい」
「えーずるいってなによ、さよちゃんだって好きにすればいいじゃない」
「え、まあ……そうだね? そうか、時間かー。そこまでは考えてなかったなー」
そう言うとさよちゃんは何事か考え込むようにぶつぶつと、言葉にならない声を口の中で転がし始めた。呆けているのとは違う様子だったから、会話は途切れてしまったけれど私は声を掛けない。
しばらくの時間、図書室が本来あるべき静謐を取り戻す。
否、考え事をしながらもさよちゃんは作業の手を休めてはいなかったから、紙肌が擦れる音は相変わらず聞こえていて……。無言の下、繰り返される本の受け渡し──言葉を用いずとも成立するやり取り──が、なんだか心地よかった。